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ロハスってなんだろう? 2006年12月29日
昨日ネットのYahooのネットニュースを見ていたら、ローソンが新業態のkんびにを展開するという記事が載っ

ていました。記事によると、新たに輸入食材などを扱う高級志向の「プレミアムコンビニ」なるものを来年の三月に名古屋にオープンするそうです。品揃えは、大都市圏で展開している健康志向で女性向の「ナチュラルローソン」の商品を中心とするそうですが、輸入食材・雑貨など環境に配慮した生活様式を提唱する「ロハス」商品などを充実させるという。

ここのところのローソンの展開は割と面白く、立地条件に合わせて若い女性・高齢者、子育て主婦向けなどターゲットを明確にした店舗をつ来ることで新たな顧客獲得に乗り出しています。しかし今回のこのいロハス商品というのはなんだか引っかかるんですよね。

それから、店内の内装やサービス面でも「ワンランク上」のコンビニにするといいます。今回オープンするところは、JR名古屋駅前の超高層ビル、ミッドランドスクエア。ここは、20代後半以上の“セレブな女性”をターゲットにした高級志向のテナント59店が入居するという。

環境に配慮と富裕層・・・。どうもピンとこないんですよね。そこで気になっていたキーワードの一つである、「ロハス」についてちょっと調べることにしました。

ロハス=LOHASとは「Lifestyles Of Health And Sustainability 」直訳すると、健康的で持続可能なライフスタイルってことなんでしょうかね。どうやらこのロハスの意味は、大まかに言うと健康や環境問題に関心の高い人々のライフスタイルのことのようです。

なんだか分かったような、わからないような感じがします。そもそもの起こりは、1998年。アメリカの社会学者ポール・レイと心理学者のシェリー・アンダーソンが、15年にわたり調査調査した結果、カルチュアル・クリエイティブズと呼ばれる環境や健康への意識が高い人々の存在を確認しました。これを元に、レイと起業家のジルカ・リサビが協力して開発したマーケティングコンセプトが "LOHAS" であるといいます。アメリカでは毎年LOHAS市場を拡大するためのLOHAS会議が開催されているとのこと。

ということは、環境や健康に意識の高い人にた対してどのようにも野を売っていくかということが始まりだということのようです。となると、初めのローソンの考えていた富裕層をターゲットというのはなんだかすこし理解できる気がします。個人的には、なにやらロハスとは、環境にいいことを実践してエコロジーな生活をしている人たちのことカナと思っていたのですがちょっと違うようです。

元々はアメリカ生まれの言葉のようなのですが、アメリカではあくまでマーケティング用語に過ぎないため、一般的な知名度は低いようです。なので日本ではこの言葉が一人歩きをしている感が否めないですね。日本でこの言葉が使われだしたのは、2000年9月に日経新聞が関連記事を掲載。その後、月刊誌『ソトコト』が2004年4月号でロハス特集を組むなど、マスメディアが注目したことでロハスが広まっていったようです。

また、日本ではこのロハスをある意味推進している団体として、ロハスクラブなるものが存在しているようです。そのHPによると、上記にあげたようなことを述べているところはにているのですが、どうも引っかかるのが「持続可能な経済」という文言。

ロハスは都市生活や消費活動を否定しません。便利で楽しい、ハイセンスでカッコいい、そんなモノやサービスによって、人にも環境にもやさしい持続可能な経済システムをつくる。ロハスは経済から、社会の在り方を変えていきます。」(ロハスクラブHPより引用)

人にも環境にもやさしい・・・うーん環境に配慮するということは極限的にいうと都市生活をとこかで否定しなくてはならないように思うのは私だけなんですかね?いまの経済活動を支えているものはあらゆる面で環境に何らかの影響を与えて産まれているものだと考えていますから・・・。どうも胡散臭さを感じてしまいます。とうがっている私がいけないのかもしれませんが・・・。 ロハス・・・・やっぱりよく分かりません。(笑)
thame:日記 genre:日記
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娘の成長 2006年12月28日 
今年も年末はやはりバタバタと過ごしていますが、殊に今年はなんだかいつもの年より忙しく感じるのはやはり、が生まれたからに他なりません。(笑)毎年ただでさえ急がしいのに、の世話をしながらとなるといつも以上に何をするにも時間がかかってしまっています。

まあ今年に限っていえばある意味仕方ないかなあという気もしていますので、やれそうにないことは無理しないでおこうということにしました。妻もここに来てちょっとお疲れのようでちょっと疲れが見えています。大掃除もいつも以上になんて考えていたのですが、どうしてもやらなくてはということだけに済ませて、すこしのんびり休養を取るように心がけないとなあと思っています。

そんなことを知ってかしらずかはスクスクと成長を遂げているようです。産まれたばかりのときには義理の妹達がを見てはちっちゃくておっかなびっくりだったことを思うと、お正月に久々に対面する野でさぞその成長にビックリするのではないのかなと思います。

毎日毎日一緒にいる私達でさえ、その成長には驚かされているのですから、本当に赤ちゃん成長ぶりには感心させられっぱなしです。そんなも3ヶ月経って最近では大分夜寝てくれるようになりました。とはいっても、どうも宵っ張りなところがあるようで、寝るのはいつも午前2時ごろ。朝起きるのは日にもよりますがだいたい8時〜9時ごろには起きるような感じです。

もう少し早めに寝かせようとは思っているのですが、家族順番にお風呂に入っているのでどうしても夜が遅くなってしまうんですよね。まあいまのところはある意味仕方の内面もあるのですが、もうちょっと考えていかないとなあと思っています。

先日妻が図書館で本を借りてきました。内容についてはまだまだ理解しているのかどうかはよく分かりませんが、この間塾のお手伝いから帰ってきて一つ幼児向けのお話を聞かせました。話している内容は置いておいて、その絵本の絵には興味があるようでじっと見つめているようでした。

産まれて間もない頃はまだ目がはっきりと見えない様子だったのに、最近ではとにかく目に飛び込んでいるもの、それから動いているものには強い関心があるようです。歌を歌って寝かしつけていたのですが、最近では歌もそうですが、何か動きがあるものや、何かがあったり、一緒にお話をしているような状態にされるにもどうも気に入っているようです。

やっと三ヶ月。いわれてみれば結構たったのかもしれませんが、まだそんなにしかというのが実感ですね。首も大分確りしてきた成果、ゲップをさせるためにトントンと背中を叩いたりさすったりしていても、以前のようにクラクラしなくなってきました。また、沐浴させるときもそんなに確りと支えていなくてもいいくらいになってきました。

本人も首が据わっているのがわかるのか、縦抱きしているとよくきょろきょろして周りを見ているようです。やっぱり視野が広がっていることがどうもいまはにとっての最大の関心事なんでしょうね。夜寝る前になると、決まって最近行うようになったのが、お喋り。まるで一日あったことを話しているように錯覚してしまうのは親バカなんですかね。(笑)というわけで家族三人寝る前には今日あったことをしゃべるようになりました。自体はどこまで分かっているのかは分かりませんが、一通りしゃべって歌いながらあやしてというのが最近のバターンです。

明日からや塾もひとまずお休み。少しばかりやることが残っていますが、それも後少しなので30日はすこ氏のんびり過ごして疲れを取りたいなあなんて思っています。といっているけど結局はバタバタして氏満でしょうけどね。(笑)

thame:日記 genre:日記
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冬の嵐 2006年12月27日
今年も残すところ僅かになってきて何かと忙しい毎日。昨日の大雨にはビックリしました。12月にこんなに大雨が降ったのはあまり例がないのではないでしょうか?へ出かけるときにもかなり雨が降っていましたし、帰り道家路へ急ぐときにもかなりのに煽られてなかなか大変でした。

昨晩の夜からかんじていたのは、その気温の高さ。南からの低気圧のせいもあるのでしょうが、気温が12月とは思えないほど高いなあという感じがしました。今朝は気持のいいくらいに晴れたのはいいのですが、東京で20度。私の済んでいるところでも正確に測ったわけではないですが、かなり気温が高くなってビックリしました。どうやら10月下旬の陽気だというからその差は大きいですよね。

こういうときの体調管理というのがかなり難しいというのは実感します。極端に寒くなったり、熱くなったりすると、体温調節をするために着る服装を変えたりしないとなかなか難しいですよね。今日もへお手伝いに出かけたときに、その気温の高さのわりには、教室の暖房は効き過ぎていたように思い、スーツの上着を脱ぎながら行っていました。

こんなときだからこそなおさら注意して欲しいなあと思う人ほど体調を崩しやすいんですよね。案の定ここのところの、気温変動のせいなのか、無理がたたったせいなのかはよく分かりませんが、邪をこじらしている受験生が増えているように思います。先日から教室には加湿器が導入されてなるべく乾燥を避ける対策はとられていても、教室は多くの生徒さんが来ていますからなかなか大変なようです。

見た目はおいておいても、とにかく邪をひいてはいけないので、生徒さん特に受験生には、なるべくマスクをしたり、あたり前ですが手洗いと嗽をするように声をかけています。私もそうだったから良く分かるんですが、入試まで日がなくなってくると遣り残したことがないかどうか不安になっていつも以上に勉強してしまうことがあると思います。

しかし、ここまで来たら第一に体調管理で当日実力を出し切れるように調整してほしいなというのが本音です。早いところでは、来年の5日あたりにはもう私立の試験が行われるようです。今年はが29日まで。来年は4日からですから、私立の入試にはもう残りわずかという状態です。

冬休みになると自由に勉強できる時間もふえてつい頑張りすぎてしまうと思いますが、入試の迫った受験生の方はなるべく日中に集中して勉強していく体制を作って欲しいなあと思います。があるから、そのあたりはなかなか難しいところではあるのですが。

今年は、邪の大流行の代わりにノロウィルスが大流行。一時よりは落ち着きを見せ始めているとは思いますがまだまだ油断できませんよね。この年の瀬から来年にかけてまだまだバタバタしそうなので十分に注意が必要です。

明日からはまた冬型の気圧配置になるといいますから、寒さが戻ってくるようです。冬の嵐はいろんな意味でまだまだ続きそうです。我が家も年の瀬の31日には娘をつれてちょっと長い距離を移動しなくてはならないので、ちょっと心配ですが十分気をつけていかないとなあと思っています。
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街路灯下敷き事故に思う 2006年12月26日
昨日のTVの番組ではじめて知ったのですが、その内容にビックリしました。痛ましい事故であると同時に、犠牲になってしまうのはどうしていつも小さな命なんだろうと思ってしまいます。小さな娘を持つ私にとっても、人事ではない気がしてなりません。

事故は、先月の11月2日の午後9時ごろ。横浜市の旭区のとある商店街の中でおきました。走行中のトラックの荷台に積まれたショベルカーのアームが電線を引っ掛けて街路灯を倒し、近くの会社員筑井康隆さん(42)と長女愛ちゃん(1)が下敷きになってしまいました。

愛ちゃんが頭を強く打ち意識不明の重体の後に亡くなってしまいました。筑井さんも首の骨を折るなどの重傷。この事故によって、トラックを運転していた建設会社の社員が業務上過失致死傷罪で起訴されたほか、同社が道路交通法違反(積載物の高さ制限超過)容疑で、ショベルカーをトラックに乗せた社員が同法違反のほう助容疑で書類送検されています。

道路交通法によると、車の積載物は3.8メートル以下にするよう定めています。(所轄の警察に届出を出すことで、認可が下りた場合は、最大4.3メートルまで)したがって、今回の場合まずは、トラックの積んでいたショベルカーのアームの高さが問題となっています。調べによると、アームの高さは、4.25メートル。この時点であるかにオーバーしていたので明らかに問題になります。

しかし、上記の()書きにあるように、許可を出せば4.3メートルの高さを持つものまで通れることになっているわけですから、ちょっと待ってということになります。それがこの事件の2つ目の問題点。実は、この街路灯の電線の高さが、4.19メートルしかなかったことが分かりました。もちろん高さ制限を守らず進入したものが悪いのですが、きちんと高さを維持して設置していれば問題なかったともいえます。

道路を管理している横浜市では、道路占用許可基準としてこれら電線の高さを4.5メートルと定めているといいます。しかし、今回はそれよりも30センチ近くも低く設定されていました。当初報道によると、横浜市側がきちんと説明していなかったのではということも問題となっていました。

しかし同市は許可の際、電線を4.5メートル以上にするよう定めた基準を記した文書を社員に渡したという。
にもかかわらず、社員は工事を担当した子会社「セコムテクノサービス」(東京都中野区)に基準を伝えず、子会社から工事を下請けした業者も知らずに電線を取り付けたといいます。しかし、設置する側も工事担当者も工事内容からして道路交通法を知らないというのも問題ではあります。

今回のことを受けて、電線を設置した大手警備会社「セコム」(東京都渋谷区)の原口兼正社長は、東京都内で会見し、「遺族に万全のことをするしかない」と謝罪しました。原口社長は会見で「基準を子会社に伝えず、子会社も確認しなかったことに問題があった。(亡くなった)ご本人のご冥福をお祈りし、責任の所在をはっきりさせる」と述べたといいます。

今回の問題点は、それぞれの担当者がもう少し考えて行動すれば何でもなかった気がするのにという思いがします。書類の内容をきちんと報告していれば済んでいたことでもありますし、それでなくても工事担当者がこれでいいのかな?と疑問をもつことも出来たでしょう。また、横浜市が、きちんと工事が行われているのか後日確認をする体制をとっていればよかったのかもしれません。

企業が、ただ与えられた仕事をこなしていくだけで作業内容や業務内容に疑問をもたないようになっているのは問題のような気がします。ほんの些細な目配せであったり、疑問をもつことがあればこんな痛ましい事故は起きなかったと思います。些細な余裕を感じさせることが出来ないほどになっているとするとこれは大きな問題であるように思います。

横浜だけでも同種の電線が269箇所。全国で見ると相当数に及ぶとおもうと、これからは頭の上も十分気にして歩かなくてはなりませんね。
thame:気になるニュース genre:ニュース
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モバイル派遣、現代版日雇い労働者 2006年12月25日
今日はクリスマス。とはいっても私はクリスチャンでもないので普段と変わらない生活です。いよいよ冬期講習も本格化してきたこともあって、今日はいつもよりも早くお手伝いへ行くことになりました。ある生徒に今日は何の日?とたずねたところ、『クリスマス』とは答えられても、じゃあクリスマスって何?って聞くと『・・・?』最近はこんなもんなんでしょうかね?

日々の情報のやり取りが早くなっていく現代。その情報過多の時代を生き抜いていくためには、立ち止まって熟考するという習慣がもしかしたら身につきにくいのかもしれないと最近の生徒さんたちを見ていると感じてしまいます。仕事を早くこなす能力や、問題解決能力、会社が求める人材もいまの社会に適応した人でないと雇っていけないというのが現状なのだと思います。

不景気を乗り切ってきた陰には、人材の再配置あるいはリストラで正社員の数を抑制して非正社員の数をふやし人件費のコストを抑えるケースが続いていました。ここのところ、団塊世代の一斉退職を控えて新たに正社員の雇用拡大を行い動き出しているようですが、果たして上手くいくのか疑問です。

何時だったか、新聞で雇用のバランスがバブル崩壊によって著しく偏ったというのを聞いたことがあります。それはほぼどの産業にも言えるようで公務員でも普通をかかえる会社、特殊なスキルを必要とする職人でも団塊の世代から下が少なく、若手が多い構造になっているそうです。

こうなると、いままで培ってきた数字として現れてこない能力の伝達や、ノウハウの活用というものが失われてしまう懸念も指摘されているようです。その裏でリストラにされた人や派遣社員として働く若者には、
過酷な現実も待っているといいます。

先日TVでも見たのが、『モバイル派遣』というもの。日々の仕事を人材派遣会社からの電話で請負い現場へ向かうというもの。どんな内容の仕事なのかは当日その現場に行かなくてはわからないことも多いといいます。こういった仕事は日給8000〜10000円ほど。しかしここから、交通費や税金などを引くと6000〜8000円ほどだといいます。

また、翌日の仕事も必ずあるとはいいがたく、そのため多くの方が節約をして生活をしているといいます。そういった人たちが寝る場所にしているのはマンガ喫茶。8〜9時間で880〜980円が相場といいますから利用者も多いといいます。またそうした状況を見据えてか、人材派遣会社が一泊1700円前後の相部屋を都内に十数カ所展開しているそうです。

また、こうした状況のためか、夏場などは野宿するケースも増えているそうです。これが夏だけならまだ何とか耐えられるのでしょうが、最近ではどうやら夏場だけではない状態が広がりを見せているといいます。しかも、若者が増えているという現状もあるのだとか。

正社員を増やす傾向にあっとしても、会社という器に人を集めても、それは何かその場の状況を上手くやりくりしているだけに思えてしまいます。数年後、数十年後の先を読むのは難しいのかもしれませんが、いまのやり方で会社経営をしていて大丈夫なのだろうかと心配になってしまいます。

いま正社員だから安泰なんて保証は当になくなってきてしまいました。いつ会社を解雇されるかも分からない中で、成果を求められる。あるいは、電話一本で明日の生活を繋いでいる生活を余儀なくされている方のいる社会。これがバブル崩壊後に日本が選択した道なのかと思うと、それはあまりにも希望がないような気がします。

政府が打ち出している再チャレンジ支援策。方策を打ち出すのは結構ですが、それが果たしていまの現実を救う手立てになるのかどうかはまだよく分かりません。この先『労働』に対してどのように考えていくべきなのか・・・ますます難しい社会になりそうです。
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クリスマスイブ 2006年12月24日
今日は世の中ではクリスマスイブ。恋人たちあるいは家族にとってはいつもと違う一日になっているんでしょうね。ただ、恋人達とすごすクリスマスというのは日本だけのようで、欧米ではこの時期は家族と集い、お祝いをするというのが普通のようで、そのためお店なども休みになるケースがあるのだとか。静かに聖夜を過ごしているんですね。

それからすると日本というのは、どうやら根っからのお祭り好きというか便乗するのがすきというか・・・勝手に恋人達のなんてことになっていますから本筋からは大きくずれているのですがまあそれを受け入れてしまう日本人がすごいのか、はたまたそれを仕掛けて設けようとする市場が凄いのかはよく分かりません。(笑)

さて何でそんなにも他人事かというと、この時期我が家では毎年のことながら年賀状の作成に終われているからなんです。もっと速めに準備をすればいいのでしょうが、なかなか時間的にも取れなくなってしまうことが多く、結局この時期になってしまっているんですよね。

どうせ書くならば、新年のご挨拶ですから元旦にという思いがあってその期限となると、そうクリスマスイブ。だから毎年この日はだいたい年賀状を書いているというわけなんです。今年もそれには例外がなく、朝から年賀状の作成に取り掛かっていました。

今年は、娘がうまれたこともあって、年賀状ではじめて写真を載せることにしました。しかも家族三人で。ちょっと恥かしい気もしますが、こんなときしかやらないかなということで、まずは写真の準備。これは前日に済ませていたのですが、それが大変でした。タイマーで撮ろうとしていたのですが、なかなか娘がじっとしてくれないということもあって、結局撮り始めてから1時間半近くかかってしまいました。

よく、年賀状で写真を載せてくる方がいますが、あれは結構大変なんだなあということが分かりました。(笑)その写真を元に、今年はちょっと娘誕生に合わせて可愛らしく仕上げました。毎年のことなのですが、私と妻とではいつも出す内容が違うんですよね。妻は写真を使わず今年は結構長い文章を書いていました。

それぞれ裏面が出来たのでとりあえず裏面を印刷。うちのプリンターも段々旧式になってきたことも合って印刷には時間がかかるのですが、それでも全部手書きに比べたらやはり楽ですよね。

ココから宛名書きと一言メッセージ。よく、宛名も印刷するものも最近では多くなりましたが、私はどうしてもそれは気が引けてしまうんですよね。ものすごい枚数が多いならともかくまだ手書きで出来るくらいの枚数なので、せっせと宛名を書いてはメッセージを書来ました。

今年は妻と交替で娘をあやしながらということもあって進みが遅かったですが、何とか夕飯前には書き終わりました。今年は家族皆で年賀状かきになってしまったので、夕飯はカレー。(笑)正直皆手が離せない状態ですから仕方ないですよね。というわけで皆でカレーを頂いた後。

少しだけクリスマス。ケーキだけは先日予約してあったのを取りに行って用意していましたので、夕飯後に皆でケーキを頂きました。そういけば去年もバタバタしていてこんな感じのクリスマスだったなあというのを思い出しました。

世の中の人たちは年賀状もこなして、かつクリスマスもちゃんとやってとうことになると思うとこの時期はさらにバタバタするんだろうなあと思います。うちの娘ももう少し大きくなったら、ちゃんとやったほうがいいのかな?などと妻と話しています。

来年は、もう少し早めに年賀状を終わらそうと思いました。(と毎年思っているんですけどね。)

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生活保護費削減で母子加算廃止へ 2006年12月23日
世の中の賑わいとは別に、ニュースの記事を読んでいるとこれからの日本のあり方の一つの方向性が垣間見える記事を見つけました。いま丁度政府は年末の予算案を編成している最中らしいのですが、どうも良い方向には向かわないような気がします。

毎日新聞のニュースによると、、社会保障費削減の主な手段に生活保護を選んだとでています。保護費のうち、子育てをしているひとり親に一律支給している母子加算を08年度末までで廃止するのが柱のようでで、反対の声が上がりにくい分野を標的にした形になる様相を呈しています。生活保護は「最後のよりどころ」という所なのに・・・。この付けは一体どうなってしまうのでしょうか。

母子加算(最高月額2万3260円)は、18歳以下の子を持つひとり親に支給する生活保護費の一種で、受給者は約9万6200世帯。政府は20日、15歳以下の子を持つ親に上乗せしている母子加算を来年4月から毎年3分の1ずつ減らし、08年度末までで廃止する方針を打ち出したそうです。

その背景にあるのは07年度一般会計の社会保障費約21兆円。他の予算が軒並み前年度を下回る中、常に5000億〜6000億円ずつ伸びているという実態があります。財務省は「5年で1.1兆円削減」の目標を達成すべく、厚労省に医療や介護費の削減を迫りました。しかし厚生族議員らの抵抗で実現のメドは立たず、急遽差し出されたのが、自民党の抵抗が小さい生活保護ということ。

厚労省は07年度、母子加算の縮小に加え、持ち家に住む65歳以上の生活保護受給者への支給を停止し、自宅を担保に生活資金を貸し付ける「リバースモーゲージ」制度も導入する。これらによって07年度は生活保護費を420億円圧縮するという。

削減はこれで終わるわけではないのです。08年度以降、生活保護制度の中心である医療扶助や生活扶助などの削減に踏み込もうというのが厚労省の意向だ。07年度はむしろ、今後もくろむ大幅給付抑制への序章となりかねないという見方があります。

国の歳出を抑えるのは確かに大事。そして、税収を撮ることができる企業を優遇していくのは合理化された組織としてはある意味あたり前と考える向きもあるのかもしれません。しかし、本当にそれでいいのでしょうか?一番助けが必要としている人を、見捨ててはいないのでしょうか?

私の家には93になる祖母がいます。認知症の症状が進んでいますが、家族皆で少しずつ助け合って生活しています。でもこういった例は幸せなケースなのかもしれません。今後の世の中を考えると、なんだかすさんでいく一方のような気がします。

最低限の国民の暮らしを保証することさけて国家としてあるべきなのかどうなのか疑問を抱かずに入られません。海外にお金をばら撒いていたり、公共事業を推進していく前に本当にやらなくてはならないことは沢山あるのに・・・。

国債は言わば国の管理が甘かったために産まれた借金です。それを国民のしかも弱い部分から搾取していこうという考えが果たして平和な国のやり方なのかと少し考えてしまいます。格差社会が進んでいるのは致し方ないと思いますし、それがあるいみ健全な資本主義のあり方なのは分かります。

しかし一方で最低限の保証がされないで生きていくかなくてはならない人たちが増えているという現実もそこにはあるきがします。国の財政を立て直すにはもっと根底から変えていくだけの物が必要だと思うのです。国会議員となった方々には『国家』そのものをもっとよく考えた上で政策決定してもらいたいそんな風に思います。
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東野圭吾著『殺人の門』 2006年12月22日
殺人の門殺人の門
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 殺人
[著者] 東野 圭吾
[種類] 文庫
[発売日] 2006-06
[出版社] 角川書店

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東野圭吾を読み始めたのは、かの有名な「容疑者Xの献身」を読んだのがきっかけ。それまでは、名前は知っていたもののほとんど知らないというくらいでした。それが、先に上げた本を読んでからちょっと興味が湧いて、湯川シリーズを読み出しました。この作品は、湯川シリーズの後どうしようかなと本屋で見つけて手にとったものです。

妻が家にある「手紙」をよみだしたので、私はこちらを読むことに・・・。帯にはこう記されていました。「あいつを殺したい。でも私には殺せない。 −誰しもが心に抱く『殺人願望』。その深層をえぐり出す、衝撃の問題作!−」なかなかに意味深ですよね。ということは誰かは殺害されてしまうのかなと思わせるのですが、まずはじっくり読んでみることに。

文庫本裏表紙:「倉持を殺そう」と思ったのはいつからだろう。悪意のごときあの男のせいで、私の人生はいつも狂わされてきた。そして数多くの人間が不幸になった。あいつだけは生かしておいてはならない。でも、私には殺すことができないのだ。殺人者になるために、私に欠けているものはいったい何なのだろうか? 人が人を殺すという行為は如何なることか。直木賞作家が描く、「憎悪」と「殺意」の一大叙事詩。

主人公である田島和幸。歯科医師の息子として生まれお金に困ることのない生活をしていたのもつかの間、両親が離婚。父の事業の失敗とその様子は絵に描いたような転落劇。その中で貧困の中で孤独な思いをしながら生活していく。そんな中で学校にいじめ、初恋と不幸になりながらもいろいろと体験していく。

そんな不幸な彼の影に現れるのが倉持修。彼は小学校以来の同級生。言葉巧みに相手の心を掴む才に長けていてその片鱗は小学校の賭け五目並べから始まっている。彼がもしこの物語にいなければ、和幸は幸せだったのであろうか。そうとも言い切れないまでも、ささやかな生活をしていくことが出来たのではと思う。

この倉持との出会いは和幸自身の人生を狂わせるというより、操られているに近いです。それだけ彼は巧みなんだと思います。まあもちろん和幸自身が、意思が弱いという面もあるのでしょうが。和幸の幼少期にもうすこし救いのある生き方が出来ていたならば、何もこんな封に考えることはなかったかもしれないという思いもありながらも物語は脱線も許されず進んでいきます。

倉持頭の中につねにあるのが、相手をうまく利用していかに自分が得するかという点。決して貧しい生まれではないにしても、生まれながらにして貧富の差に強烈なコンプレックスを抱く彼だからこそ、その性格というか、感情が産まれていったのかもしれません。それは一つの執念がなせる技なのかも知れませんが。

描かれている、ディテールのよさのために、二人ともある意味この作品の中ではごくあたり前に立ち回っていますが、よく考えてみればうーんと思うところあるのです。しかし、読みすすめていくとその書き手の上手さに私自身も引き込まれていくのです。まさにそれは和幸のように・・・(笑)

倉持はその口の上手さから、詐欺商法に身を置いていくしかし、彼自身はこの世にいる人間をまるで二通りの者しかいないかのごとく考える。騙す者と騙される者。その手口は恐ろしく手馴れている。倉持にとって和幸は単なる手駒としか考えていないのかとおもう節もあるが、それだけの感情ではないのだと思います。

二人の生き方それは、没落の不幸な人生とコンプレックスから生まれた人生をもつ二人の歪んだ友情劇なのかも知れないのです。とはいえ決して楽観的な話ではありませんが・・・。最後まで一気に読みきって思うのは、決して清々しいものではないし、全編にわたって陰鬱なものが付きまとう点ではなんともやりきれない感じがします。

決して楽しい小説ではないので、読み終わった感想もそうですし、そもそも読むかどうかという点でも意見が割れそうな小説ではありますが、この一冊読むと、東野圭吾の書き手としての上手さを十分に堪能できるのではないかなと思います。

thame:本の紹介 genre:小説・文学
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スイカとパスモが相互利用サービス 2006年12月21日
前々からこういうのがあればいいのになあと思う一つに、電車やバスが一つのパスで乗り降り自由にならないものかなというサービス。私自身、学生時代は川崎に住んでいて利用するのは専ら私鉄と地下鉄。なのでJRなんていうのはほとんど利用しなくても済んでいました。

今現在となると、利用するのは専らJR。まあ近くにこれしかないし、実際東京出のにはJRで行くのが一番利用頻度が高いんですよね。とはいえ、都内にでていざ移動となると地下鉄が多いというのは否めないです。そんなときにわざわざ切符を買わなくても良くならないかなという思いは以前からしていました。

私がまだ会社勤めをし始めた頃に、登場したのがSuica。これは定期として使っていたものですが出た当初からこれはいいと思ってそれからわりとJRの路線を使うようになったのを覚えています。残高さえ大体抑えていれば、それだけで乗り降りできるわけだし、なにしろ手軽さがいいですよね。

そんなSuicaも今では1,830万枚にもなっているそうです。やはり一度体験してしまうとその便利さ替えがたいですものね。そんなSuicaが来年の3月には劇的に変化して、私が長年思っていたことが実現しそうなのです。まあこれだけインフラが整備されてきたのに、何故いままでできなかったんだろうという思いが強かったですが・・・。

JR東日本グループと関東地方の鉄道・バス101社のICカード相互利用サービスが、来年3月18日から始まるようです。これによって、JRグループによる現行のIC乗車券Suicaか、101社が相互利用開始と同時に売り出すIC乗車券PASMOのどちらか1枚を持てば、関東のほぼすべての鉄道やバスに乗れるようになるようです。

首都圏の地下鉄や私鉄だけでなく、地方の鉄道やバスまでも相互利用の対象となっている点はかなり画期的な気がしますね。東京へ行くルートは私のところからだとじつは3通りほどあるのですが、(一部は車を使って出ないとダメですが)これによってどれも一枚のカードを手にしているだけでいけるというはなかなか嬉しいサービスだなと思います。

これによって現在の磁気カード乗車券パスネットやバス共通カードは廃止され、SuicaとPASMOに統合される見通しだといいます。このことは、結局のところお互い効率化が進んでいる点ではかなりいいことなのではと思います。初めの初期投資はかなりな額になるでしょうが、相互利用で産まれる利便性にくらべれば、そう問題にはならない気もします。

現行のSuicaは、駅入場時に初乗り運賃130円を引き落とす現行の方式を改めて、駅を出る際に利用分の運賃を引く方式に変えるようです。いったん駅の改札を通っても、事故などで電車に乗らずに出れば無料となる。このサービスもちょっと嬉しいかなと思います。

開始当初はJR東日本グループと、鉄道・バスの約半数の54社でスタート。スイカパスモの発行枚数は約3000万枚と見込まれ、世界最大の交通事業系カードとなりそうです。さらに、2年後には全国のJR6社と各地の主要交通機関でIC乗車券が共通化される見通しだといいますからこれはちょっと驚きですね。

もしかしたら、日本全国どこへ行くときもSuikaあるいはPASMOを持っていればどこへでもいけてしまう時代が来るんでしょうかね?そうなると、現行の上限である2万円というのももしかしたら見直しということもあるのかなと考えてしまいます。どちらにしてもこういった試みはいままで思っていたことなので良かったカナと思います。

ここのところ、東京へ出て行くときは週末の日帰りが多いため、私個人はJRの週末フリーきっぷなるものを利用しているんですが、こういったサービス自体はSuicaやPASMOに組み込めたりはできないんでしょうかね?そこまで出来るようになると、私としてはかなり使い勝手の良いカードとして普段から持ち歩けるんですけど・・・。まあ欲を言えばきりがないですね。(笑)
thame:気になるニュース genre:ニュース
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日本の人口:2055年には8993万人? 2006年12月20日
子供の数が減っているということもあるのでしょうが、ここに来て日本の高齢化社会はあまりにもスピードが速いように思います。このままいくと1億人割れはするでしょうし、労働人口は減っていくためいまの社会を維持していくのは難しいだろうなあとは思っていましたが、こんかいの毎日新聞のニュースをみるかぎり
のんびり構えているわけにはどうやらいかないようです。

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口が公表されました。これによると、05年に1億2777万人だった日本総人口は、55年には4000万人近く減少し8993万人となると試算。15〜64歳の労働力人口は半減する一方、昨年2割に達した65歳以上人口の割合は4割を占めるようになり、2.5人に1人が65歳以上という超高齢社会に突入するようです。

この推計人口は05年国勢調査に基づき算出したものだそうです。最も可能性が高いとみる「中位」、それより厳しくみた「低位」、楽観的に見積もった「高位」の三つの推計を提示したもので、8993万人は中位の数値だそうです。中位推計のよりどころとしているのは女性が一生に産む子供の数を1.26人、女性の生涯未婚率を23.5%という数値。いままで発表してきた甘い読みのものではなく、かなり現実味を帯びたデータとなっているのではないでしょうか?

前に結婚をすれば大体2人の子供は産むというデータが出ているのを目にしたことがあります。その数値自体は、30年前とそれほど変わっていないと言います。ということは単純に結婚しない割合が増えているということになります。これにはいろいろと要因があるようですが、やはり一番にあげられるのは、女性が当時と比べて社会進出した割合が圧倒的に多いということもあるのではと思います。また、若い世代では、正規雇用率が低下していることなどもあげられるのかもしれませんね。

日本の少子化対策自体にも問題はあると思います。今回の試算を考えると、正直言ってどの経済政策よりも最優先して手をうっていかないととんでもないことになるように思います。現在はまだ経済的にもそれなりに豊ですし、労働人口も正規・非正規にかかわらず集まる時代です。しかし上記の試算を鑑みるとどう考えても、もはや労働人口そのものが社会基盤を支えるだけいないことは明白です。今後数年以内になんとなしていくということをしないと日本の国家そのものも危うい事態になりかねないような気がします。

取る道はあまり無いように思います。今の政府からして見れば、あるいは官僚達からしてみれば2055年という未来は正直言ってどうでもいいのかもしれません。しかし、そうはいっても現実的に近づいていることは確かです。現に私もそのとしまで生きていれば80手前になっています。今から4000万人もへるというに日本を見つづけていくことになります。

年金問題についてもまたおおきくとりあげられるようになるのでしょうが、政府はこのような試算がでることを見越して1月下旬に予定する「潜在出生率」の初公表をするといいます。これは、結婚や出生に関する国民の希望が「一定程度かなった場合」を織り込んだ出生率を指すそうです。これってなんだか分かりますよね。そう、単なる政府側の予防線にしか過ぎないということです。

現行制度の年金問題を維持する方向あるいは、多少の修正が加えられたとしても年金自体は維持するという姿勢のようです。正直根本的な解決策なくして、これはないのではと私は思います。しかも、やっていることが結局いままでとこの期に及んで変わらないということがあまりも稚拙なきがします。

安倍内閣がもっとなすべき問題は経済問題や外交問題もさることながら、まずは日本の国家的財産である人的資源の確保なのではないかと思います。そのための、少子化対策や教育問題を小手先ではなく抜本的にみなおして、今後日本を維持していくための努力をしない限りその他の諸問題を解決する手段も無いように思います。『美しい国日本』はもしかしたら数十年後には幻と消えてしまうかもしれないというこの事態を重く受け止めて政策を打ち出してもらいたいと思います。
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生後12週がたちました。 2006年12月19日
が生まれてから早12週が経過しました。産まれたのが9月の終り。なんだかいままでそんなにたったのかなあという思いと、まだそれだけ?という思いが交錯しています。まだ昼夜がきっちりと分かれていないこともあって、夜泣かれることもしばしばですがその成長を見ていると、それも楽しめる余裕も少しずつですが出てきました。

も大分大きくなり、今では5キロ以上あるかと思います。身長も大分伸びて、60センチ以上はありそうです。とはいえ、きちんとははかっていないので今度寝ているときを見計らってきちんとはかってあげようかと思います。このごろの成長を見ていると、本当に日に日に大きくなっているようで、写真に収めておこうと思っているのですが、毎日バタバタしている間に日が過ぎていくという感じになってしまい、落ち着いて写真を取れないのが少し残念です。

最近観察していると、よく自分の手をジーッと見ていることが多くなりました。おしゃぶりも以前に比べれば少し上手くなっているようで、前は手ごとしゃぶろうとしていたのですが、最近では人差し指と中指のどちらか一本を器用にしゃぶるようになりました。

ここのところ何よりも驚いているのが、喃語をしゃべるようになる時間が増えたこと。特による3人で寝る前。まるで今日あったことをお喋りしているかのように「アゥアゥ〜」といっています。どうも、妻が自分のことをママと呼ばせることを嫌なようで、ふだんからお母さんですよ〜といってます。なのでうちの子は最初に発する言葉は「お母さん」に近い言葉かな?と思います。

まだまだ発音するのは難しいようですが、よおく聞いていると以前に比べて母音も子音もその数が増えているように感じます。やっぱり贔屓目に見ている聖でしょうかね(笑)どちらにしてもおしゃべりすることが多くなってそれにともなって、よく笑うことも増えてきたこともあって、以前よりもなんだか一緒に遊ぶ機会も増えたように思います。

それからここのところ注意をしているのが、テレビ。つい私もテレビっ子なために、気が付くとテレビのリモコンをもってつけてしまうのですが、どうもは目が大分見えるようになったのか、テレビがついて見える範囲にいると、そちらをちらちらと見てしまうのです。だからなるべくテレビには背を向けるように抱っこするようにしています。

実際、テレビをみているとジーッとみてしまって気が付いて向きを変えて見えなくするとぐずるほどです。私達家族の間では最近テレビは魔物扱いです。(笑)いろんな色を映し出して音も出るしで赤ちゃんにとってはこの上なく面白く移るんでしょうね。なのでなるべくとは向き合って遊んであげたり、話し掛けたりはたまた話?を聞いてあげたりして極力過ごすようにしています。

先週あたりから離乳食の準備もかねて、りんごの果汁をあげるようにしています。ここのところりんごを大量に貰っていることもあって好都合。りんごを摩り下ろしてからガーゼでこしたものを、1:1でぬるま湯で割ります。それを哺乳瓶ではなくってスプーンで少しずつあげています。

初めは、なかなか上手には飲むことも出来なかったのですが、徐々に慣れて来たの最近ではスプーンを口元に近づけると唇ですするようなしぐさをするようになりました。とはいえまだまだ上手には飲めませんが、きっと上手できるようになるでしょう。

それにしても初めは、スプーンも嫌がると思ったし、りんごジュースも飲むのかと心配していたのですが、我がはどうやら両親とにていて元来の食いしん坊のようです。(笑)初めてのことも臆することなく自然に受け入れてます。いまのところ一日一回の果汁。ころあいを見て少しずつ離乳食へ以降で来たらなあと思います。

スヤスヤと眠るを見ているとどんな夢を見てることやらとついつい気になってしまう今日この頃です。
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ネット社会とどう付き合うか 2006年12月18日
最近というか、私が塾のお手伝いをするようになってからはや1年とちょっとが経ちました。思うことは多々あれど、つい自分達が中学生の頃といまの現状を比べると当時の私には想像できないくらいに世界観が違うなあというのは常に感じてしまいます。

私が中学のころというのは、もちろん校則はまだ厳しい世代でしたからちょっとでも変わった格好をしようものなら相談室へ呼び出されていたし、抜き打ちで持ち物検査もされた覚えがあります。廊下に立たされていることなんていうのも結構ありましたし、それが当時としてはあたり前でした。今そんなことをしたら偉いことになるんでしょうけど・・・。

そんないまの中学生と最も違うと感じてしまうのが、ネット社会の中にすでに身をおいているんだなあということ。生徒の半数以上はあたり前のように携帯を持ち歩き、しかも巧みに使いこなす・・・。学校でも表計算のソフトウェアの実習があるというから全く想像できないような違いです。

そんな子供達がどんな状況なのかを調査したものが毎日新聞ニュースに載っていました。マイクロソフトでは今年の6月に、オンライン上で「子供と親のインターネット利用意識調査」を実施しました。中学生以上の子どもと親それぞれ412人ずつから回答が寄せられたそうです。

それによると、約9割の子どもが「毎日インターネットを利用している」と答えたが、親の約4割が我が子の利用頻度を「2〜3日に1回」と認識していました。「電子メールのやり取り」をしている子は85%で、「我が子が電子メールをしている」と認識している親は47%・「掲示板への書き込み」をしている子40%、親の認識12%・「自分のブログの更新」をしている子35%、親の認識10%・・・など、各項目で親の認識が、子どもの利用実態を大幅に下回っています。

さらに、41%の子が「ネット上で知り合った友達」とメールをやり取りし、28%の子が「ネット上で知り合った顔見知りでない大人」と、ブログ・チャット・掲示板で情報交換していました。ところが気付いている親の割合は、各項目ともに子どもの半分。親の知らぬ間に、子どもがネット上で見知らぬ人たちとかかわりを持っている実態が浮き彫りになりました。

親の認識はどの時代も子供についていけてないとしても、この結果は結構ゆゆしき事態のように思われます。いまの生徒さんたちを見ていてもそうですし、TVや新聞のニュース記事を読むと個人主義があたり前のようにまかり通っている世の中になっているという感じがします。

確かに、プライバシーの侵害は事態として決していいものではありませんが、それが自己の我がままを助長させているようにも思えてならないような気がします。パソコンを用いてのネット利用となると、その気になれば親が管理できないこともないと思うのですが、携帯となると・・・。

物騒な時代だから携帯を持たせて・・・あるいはいつでも連絡が取れるようにと携帯を持たせてイルのかもしれませんが、生徒さんでももやは携帯依存をかなりしているなあというのを見かけると、本当にいいのかどうか私は良く分かりません。

ただ、最近のニュースで出会い系などにまつわるニュースをみると、その多くが携帯で知り合った場合が多いように思います。また犯罪に巻き込まれるのが段々と低年齢化しているという事実もあると、きちんと分別がついてからでも決して遅くないように私は思うのですが。

今後ますます進むネット社会。確かに家庭でもビジネスシーンでも便利になって快適な環境になりつつあることは確かです。しかし、それだからといって子供達にも同様な環境に置くというのはやはり考えるべきなのではないかなという気がします。生徒さんを見ていてもそうだし、この時期だからこそもっとやらなくてはならないことがたくさんあるように思うんですよね。皆さんはどう思いますか?
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日本はどこへ行く? 2006年12月17日
ここのところ、何かと時間に終われているような感じの毎日を過ごしています。やはり年の瀬なのだからなのかもしれませんが、一冊また本を読み出してしまったこともえいきょうしているのかもしれませんが、一日一日がとにかくあっという間に過ぎているように感じます。

そう、私の今までの経験からしても、忙しくてそれに振り回されていると、周りが見えなくなってきてしまうことがあるので要注意ですね。というわけで、すこしのんびり過ごそうと、今日は久しぶりにネットサーフィンをしてみたり・・・。(娘が寝ている間だけでしたが)

日本にとって最も必要なことそれはなんだろうなあなんて今更ながらに考えることがあります。私が思うに一つは日本の原風景大切にすることそれから教育かなと。後者の教育に関しては最近のニュースを見ていてもそうですがあまり良い方向には進んでいないような気がしてなりません。そんな中見つけたのは毎日新聞のネットニュースの記事。

毎年、東大で行っている学生生活実態調査が発表されました。それによると、東大生の8割もが将来の進路や生き方に悩んでいるといいます。まあ学生が将来について悩んでいるのはそれはそれでいいと思うのです。しかし気になるのは、自分がニーとかフリーターになる可能性を感じている学生も3割もいるということ。

実際のところ、調査の回答が3割ほどだし、全ての東大生に当てはまる事実かどうかは微妙にずれ波あるのでしょうが、少なくてもそういう傾向にあるというのは見て取れそうです。また睡眠時間がへって学習時間が増えているというデータもあるようです。大学へ入ることが第一義的になってきている側面が何か多いのではないのかなという気がしないでもないです。

教育というと、それをつかさどっているのは現場の先生。しかし現場先生達も大変のようです。05年度にうつ病など精神性疾患による病気休職をした公立小中高校などの教員の数は、過去最高の4178人に上ることが15日、文部科学省の調査で判明しました。病気休職7017人のうち、精神性疾患を理由に休職した教員の割合(59.5%)も過去最高。また、懲戒処分を受けた教員(監督責任を除く)は前年度比29人増の1255人で、免職者総数は190人(懲戒156人、諭旨17人、分限17人)だったそうです。

懲戒処分を受けた教員は5年連続で、1000人を超えた。理由は国旗・国歌の取り扱い関係が大幅に減少し、前年度よりも61人少ない64人。このほか、児童生徒の成績が入力されたパソコンの盗難被害や、ファイル交換ソフト「ウィニー」を通してネット上に流出させた個人情報の不適切な取り扱いで懲戒処分を受けた教員も39人いた。わいせつ行為などは同7人減の124人だったそうです。

文科省は「保護者への対応が煩雑になっていることや、子ども、社会が変化してこれまで培ってきた指導法が通用しなくなっているとの指摘もある」と説明しているといいます。

学校の先生の多くがよく、社会経験もないために教員になるからとかいわれますが、それは昔の先生だって同じこと。私が思うにいまの社会じたがい、私達が学生だったときに比べて急激に複雑化したこともあるのではないのかと思います。従来の指導法で対応できることがもやは通じない・・・そういったことが現実として起こっているのだと思うのです。

学生にしても何のために学ぶのかというあたり前のことについて考えたり、していないのではと思います。昔は大学へいくのは全体の4割もいませんでしたそれが、ココ10年程で5割に迫る勢いです。大学に入りやすくなったという事情もありますし、この情報化社会の中で忘れられがちな生きていくことに必要はことという根本的な問題に直面しないまま社会へ出て行く人が多いのではないのかとも思います。

現場の教員がいまや対応に苦しむ現状から見てこれからの日本の行く末はなんだか大きな暗雲が垂れ込めているように感じてしまいます。教育基本法が改正になったからといってもこういった根深い問題へ改革を薦めていく機運には結びついていかないんですよね多分。 うーんどうなるんでしょうこれから・・・。

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冬のイルミネーションもいろいろ 2006年12月16日
私の町でも、この時期になると駅前のロータリーにある街路樹に一部豆電球が取り付けられてイルミネーションを行なっています。寒々しい冬になんとなく灯りがあるとほっとしてしまうのは、人が太鼓から抱く光への渇望なのかもしれません。

最近では豆電球イルミネーション以外にも、発光ダイオード(LED)をもちいたイルミネーションも良く見るようになりました。数年前だとすごく画期的なこのLEDを用いた照明も最近ではあちこちで行なわれるようになりなんだか定着してきた感があります。

東京の新しい名所になっている六本木ヒルズ。TVなどでも良く中継されてる場所になりましたが、そこには約400メートルのケヤキ並木があります。先日TVで見たところこの場所も青や白のLEDで彩られていました。使っているLEDの数は、周辺の広場なども合わせると44万個にもなるそうです。

今やLEDといえば、信号機にも使用されているのを目にするようになり、新しい照明器具として定着されつつあります。消費電力も電球の1〜2割で済み、電球より長持ちするというのが普及の決め手。青色が90年代に実用化されてからというもの、すべての色が出せるようになったことで急速に普及したこともあります。

仙台市で86年から続く「光のページェント」は、なんと70万個の豆電球で目抜き通りのケヤキ並木を飾っているそうです。市観光交流課は「豆電球の柔らかく温かみのある光を大事にしたい」と話しているという。たしかに豆電球の灯りというのは私も個人的に好きですし和むような灯りですよね。その他、札幌や新潟など北国では電球を使うケースが目立つそうでやはり暖かみのある光に惹かれている面が強いんでしょうかね?

その昔、表参道で光のイルミネーションが行なわれていた時に、街路樹を傷めていると言う話を聞いたことがあります。転倒することによる光や音頭の影響も考えられるようですが、それ以前に、飾り付けのために枝を落としてしまうことがあることが問題とも言われています。

確かに、夜点灯するイルミネーションは綺麗なものですが、そのために枝が落とされて手いると思うとちょっとやりきれないですよね。ただでさえ街路樹と言うのはその環境が苛酷なのに。そう思うと、街路樹に点灯をつけていくというものもしかしたら止めたほうがいいのかなとも思います。

そういった背景もあってか表参道では、今年から「表参道アカリウム」という催しが始まりました。高さ6メートルの布製直方体を60基設置、LEDによる間接照明で「和」の雰囲気を演出するとうTVでみたものですが、中々に幻想的で綺麗。実際ものもはその場に行って見ないと分かりませんがそのアイディアはな面白いのではと思います。

今回は環境への配慮を前面に出し、並木に直接飾り付けることは行なっていないといいます。イベント中は街灯を消すため、消費電力は普段の3分の2に抑えられるといいます。イルミネーションというとただ単にきれいと言うことで片付けてしまいがちですが、そこには何かといろんな問題もあるようです。

もしかしたら、こんな時こそ、夜の照明を落として、月明かりや星明りで照らし出されるようなイルミネーションができるのであれば、それに敵う美しいものはないのかもしれませんね。
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改正教育基本法が参院で可決 2006年12月15日 
今日のニュースで前々から気になっていた一つの事柄がかくもあっさりと決まってしまったような感が強いです。今国会の最重要課題として位置付けてきたとされる改正教育基本法が参議院本会議を通過してしまいました。なにか、本当に議論しなくてはならない中身については不覚議論されず、いじめ問題それからタウンミーティングの問題ばかりが取り上げられているうちにすっと可決までこぎつけたような気がします。

そもそもこの教育基本法はその名のとおり、日本の教育に関する根本的・基礎的な法律です。教育に関するさまざまな法令の運用や解釈の基準となる性格を持つことから「教育憲法」「教育憲章」などともいわれています。現行法は、前文と本則11条および附則からなるので、日本国憲法が施行される約1月前の1947年3月31日に施行されています。

ということなのですが、何がどう変わっているのかというのは正直あまりニュースでも見なかった気がします。私がたまたまニュースを見ていなかったからかもしれませんが・・・。なのでちょっときになったので文部科学省のHPにいって「教育基本法案と現行教育基本法の比較」というものをちょっと見てきました。これによると大きくことなるのは、本則が18条になっていること。

増えているものは、生涯教育の理念・大学・私立学校・教員(学校教育から独立)・家庭教育・幼児期の教育・学校、家庭及び地域住民等の相互連携協力・教育進行基本計画。減ったものとして男女共学があります。
そのた条文の中でもかなり補足的な項目が増えて、全体的には明確化した気がします。

それから一番の問題となっているのが、前文と第二条ではないかと思います。まず、前文で盛り込まれた点では、「公共の精神」「豊な人間性と創造性」「伝統を継承」「国の未来を切り拓く」と言う点が増えています。現行法での前文のほうがすっきりしていて良いようにも思うのですが、どうなのでしょう。それから問題の二条の項目の一つ「伝統と文化を尊重し、それらを育んできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」となっています。

上記の二点の改正で一番の争点なのがこの愛国心の教育についてどう取り扱うかという問題。賛否両論ありますし、どちらが正しいというのは私自身判断を悩むところでありますが、日本人と他の国の人とを比較して思うのが祖国を思う気持の強さかなという気がします。教育の面でどう取り上げていくかは正直難しい面もあると思いますが、私個人のとしては、賛成よりかなという気がします。

またあまり取り上げられていませんが、結構注目すべきは、先にもあげた家庭教育。どのようなものかというと、「1、父母その他保護者はこの教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を三つに消させるとともに、自治ツ新を育成し、心身の調和の取れた発達をはかるよう努めるものとする。2、区に及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報提供その他に家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。」

とあります。正直あたり前なことだと思うのですが、どうも塾で話を聞いたり友人の教員と話をしていると親がこの教育に対する責任をある種放棄しているというところがかなり多いように感じます。あたり前の躾がまるでなってないことに驚かされてしまいます。こういうことをきちんと明記しなくてはならないという今の日本がなんだかさびしい気もします。

それから注目は、義務教育が9年という条文が削除された点。これによって、義務教育が自治体の判断で短くも長くもなるということ。これも難しい面があると思いますが、飛び級にはあまり賛成ではありません。むしろ、最低限のことができたうえで義務教育を終えるようにしていったほうがいいのでは?おもいますがどうでしょう・・・。更なる議論の種になるかもしれませんが。

いずれにしても今回の改正で全てが解決するわけでもなく、だから急に何かが変わるわけでもありません。
改正反対賛成を言う前に、まずよりよい教育をしていくためにどうしたらいいのかを議論していく機運をもっと作っていく必要があるのではないのかと思います。
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仙川環著『感染』 2006年12月14日
昨日に引き続いてというわけではないのですが、これもこの間読み終わったのでちょっと載せようと思います。この手の話はTVやニュースでも聞いたことがある知識もあり、読み進んでいく中で結構引き込まれていく点が多く一気に読んでしまいました。(笑)

この本は、近くの本屋さんにいった時にたまたま見つけたもの。平積みされているコーナーがあって、そのときの帯を見てかってしまいました。帯にはこう記されていました。「いま、話題沸騰の医学ミステリーです! 我が子を救おうとして天才医師が選んだ道は・・・」裏には「続発する幼児誘拐殺人事件。だた、何故自分の子供が!?そこには大きな策謀がかくされていた ― あなただったら、どうしますか?」

うーんこれはちょっと面白そうとして手にとって読むことにしました。ここのところなかなか本を読む機会がなかったのでちょっと何か読みたくなっていたときなので丁度良かったのかも知れませんが、著者はじめての作品とは思えないほどその展開にひきこまれいきました。

物語のあらすじは次のとおり。
・・・ ウィルス研究医・中沢葉月は、ある晩、未来を嘱望されている外科医の夫・啓介と前妻との間の子が誘拐されたという連絡を受ける。幼児は焼死体で発見されるという最悪の事件となったにもかかわらず、啓介は女からの呼び出しに出かけていったきり音信不通。いたみ戸惑う気持で夫の行方を捜すうち、彼女は続発する幼児誘拐殺人事件の意外な共通点と、医学界を揺るがす危険な策謀にたどり着く―。 ・・・

全体的なはなしは、中沢葉月から見た視点で物語が進んでいきます。彼女の置かれている立場や、進んできた道様々な葛藤を抱えながらも本分を全うしているのですが、夫の最近の様子の変貌を機に不安の募らせていきます。

私自身、いつも本を買うのは表紙、タイトルそれから帯くらいなもので、あらすじなどはあえて読まないようにしています。あまり先入観をもたないで読むほうがその先の展開をなるべく自然体でたのしみたいからなんですが。冒頭を読み出してからはどんな展開になるのかはあまりそうぞうできなかったのですが、事件が起こってからは、まさにジェットコースターのような感じ。

全体の印象は、かなりストレートで素直な文体。なので読みやすい。主人公の心情を織り交ぜながらも、本線は確りしていて、出てくる伏線も結構分かりやすくなるほど〜というかんじで楽しめました。取り上げている題材が題材だけに、物語で扱われいる以上に根深いものなんだろうなあという気がします。

あまり知らなかったのですが、臓器移植売買については結構ショックなところでした。日本では臓器移植についての実施例も少ないこともありますし、臓器移植をめぐる諸問題に対してあまり取り上げられていないのですが、海外ではそれらについてかなり問題になっているというニュースもあるそうです。そんなわけで取り上げられているモチーフであったり、背景というものにはかなりリアリティを感じました。

最後クライマックスまでにいたるところでは、テンポよく進んでどうなるんだろうという期待をもたせている反面、ちょっと粗いかなあという気もしました。あまり書くとネタバレになってしまいますから書きませんが、話の発端からクライマックスまでの問題の大きさを考えるともうちょっとと思ってしまいました。とはいえきちんとまとめられているし、欲を言えばという感じですかね。

主人公の目線を通してということを考えるとこのすとーりーはよく出来ているかなと思います。単なるミステリーという枠だけでなくその背景にある問題や、あるいは一人の人間の物語としての読み物としてもなかなかに手ごたえのある一冊名のではという気がします。

手にとって読み出したら、最後まで読まずに入られない機にさせること間違いなしの一冊です。

感染
感染
仙川 環

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竹内薫著『99.9%は仮説』 2006年12月13日
以前からかっていた本だったのですが、ここのところの忙しさにかまけてずっと保留のままだった本を読んでみようということで、先日から読み出した一冊。結局読み出したらあっという間に最後まで読みきってしまいました。というわけで、今日はその本の紹介。

タイトルにもあるとおり、読んだのは竹内薫著『99.9%仮説』という本。本を買うきっかけになったのが、最近もちょくちょく見ている深夜のコマネチ大学数学科という番組。いろんな数学の問題を面白く扱ってくれる私にとってはかなり有意義な番組。(こんな番組がもっと増えないかなと思っているのですが・・・)その中で案内役を勤めてくれる先生の一人がこの本の著者の竹内さん。

私自身、大学時代には物理科に所属していて、そのときにはそれなりにいろんなことを学んだ記憶がありますが、今でも頭の片隅に残っている記憶といえばなにかというとそのときに培ったものの考え方かなというくらい。相対性理論もべんきょうしましたがこれがどうして、出てくる式なんてものはほとんど記憶していないんですよね。(笑)

そんな感じだったので、この本を手にしたとき果てさてどんな内容なのかなというのはかなり楽しみな感じで読み進めました。本の中に出出てくる一説に、理系に進む人はには必須のバックグラウンドとして、科学史や科学哲学の教育があげられています。

これは私も強く思います。普通の歴史を学ぶこともその本当の意義というものが見放されている現状ですからある意味しかたないのかもしれませんが、何故当時そんなことが考えられていたのか、何故その仮説はだめになっていったのかというのを知るのは大事なことだと私も思います。

この本でたびたび出てくるこの「仮説」こそ、もちろん科学で通説として通っていることもでもありますし社会生活を営んでいる全ての人が、何らかの「仮説」をたてて生きているということなのだと。だから言わば、世界の多くは仮説に始まり仮設に終わるということ。

世の中のことである仮説だけが絶対視されるような根拠はきわめてないのが普通なのだということなんですよね。科学者が研究するに当たっても、まずは「多分こうなるだろう・・・」なんて仮説を立ててその仮説を裏切らないデータがそれって来ることによってある仮説は支持されていくわけです。ということは、その仮説が成り立たないというデータが出てしまった瞬間その仮説は捨て去られる運命にあるわけです。この潔さが反証可能性科学において唯一の定義とっていもいいのかもしれませんね。

これが、いわゆる心霊現象だったりオカルト的なものそれから世の中の政治体制や宗教なんかといったものとは根本的に違うゆえに信頼性があるんだと思います。だからといってなにも人生の全てにおいて反証可能性をつかって斬っていこうというわけではないと思います。

そんなことをしていたらはっきりいって普通の生活なんてとてもじゃないですが出来ないですから・・・。でも自分の持っている基準あるいは生きていくための指針であったり常識が他者とは違うんだということは認めることは出来るのではないかと思うんです。あるいは、誰かの一面を見ただけで○○はそういう人だというのもある意味危険なことだということ。

相手の立場や心積りを少しでも気付いていくにはそういった相手の仮説を知るということが大事なことと著者はのべています。そう、じつは科学的なものの見方というのは意外に簡単なことだあったりもするわけなんですよね、子供が何故何故?ときくのは、もしかあしたら至極科学的なのかもしれません。(笑)

この本を読みながら、ああそういう視点てだいじだなあと改めて気付かされました。自分ではある程度できているかななんて思っていたらとんでもないです。(笑)読み終わってからちょっと新鮮な気分になることが出来て良かったです。これ結構オススメですよ。
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生物化学コンビナート構想? 2006年12月12日
今の世の中の身の回りの製品からしても、石油の依存度がいかに高いかは良くご存知のことかと思います。私が小学生の頃から、そのことは言われていますし、将来それを解決できるものが出来るんだろうなあなどとぼんやり考えていたことがあります。そんな夢のような話が国を挙げて実現化しそうなのです。

石油の代わりにサトウキビなどの植物を原料にしてプラスチック(合成樹脂)を作る計画を、石油化学業界が中心になって進めています。「石油化学から生物化学コンビナートへ」ということを前面に出して、温室効果ガスの排出を大幅に抑制するのが狙いだそうです。2年後の国家プロジェクト採用、その5年後の構想実現を目指す。ということなので、今から7年後には実現するということなんです、今のまま行くと。

石油化学企業など101社で作る財団法人・化学技術戦略推進機構(東京都千代田区)が昨年、「バイオマスコンビナート構想」というのを立ち上げました。民間19社と5大学などが今秋から共同で技術開発に着手したといいます。

サトウキビの搾り汁を発酵させてアルコールを作り、これを化学反応でプラスチックの主要原料のエチレン、プロピレンに変えるそうです。構想では、ブラジルや東南アジアなどに約41万ヘクタール(ほぼ徳島県の面積)のサトウキビ畑を作り、日本の国内消費量の約1割にあたる100万トンのエチレンなどを製造。原油由来の原料に置き換えることができそうなのです。

これによる環境面の試算では、サトウキビ畑を開発・生産する過程で、石油を採掘、運搬し精製する場合に比べて二酸化炭素(CO2)の排出量が約30万トン多くなる。しかし、廃棄・焼却時には、石油使用の場合は約315万トンのCO2が発生するのに対し、生物由来の製品はCO2の排出量がゼロ扱い。差し引き285万トンの温室効果ガス削減が見込めるというからこれはかなりの量になります。

どうやらこの削減される量というのはこ、京都議定書が定める日本の削減目標の約4%にあたる大きな量だというそうですから是非実現してほしいものですよね。

一方で、サトウキビからエタノールを作り、ガソリンに代える「バイオ燃料」が注目されているのは事実。国際的に、サトウキビから作るエタノールの“奪い合い”になる可能性があるといいます。そのため上手い具合に折り合いは付けていくというのが一つの課題だそうです。。

同機構は、現地に化学プラントを併設して南北格差の是正にもつなげるなど、国際協調で奪い合いの解消を目指すといます。さらに、高収量サトウキビの開発など他のバイオ研究の成果を生かして、熱帯雨林開拓の問題も回避することも視野に入れているという。

エチレン、プロピレンは「石油化学の出発点です」と堀内等希夫・部長研究員は語っています。ここから合成されるポリエチレン、ポリプロピレンは家電の外装や電線の被覆材、レジ袋まで、さまざまな工業製品に使われています。例えば自動車では、部品に占める合成樹脂比率が80年代以降急増しており、バンパーや燃料タンクなど全部品の約8%が合成樹脂製とか。そんなに使われているとは全然知りませんでした。その50%以上がポリエチレン、ポリプロピレンだそうです。

かといって、全く問題がないわけではありません。アルコールをプロピレンなどに変える化学技術の開発がそれです。東京工業大資源化学研究所の岩本正和副所長(触媒化学)は、セラミックスを触媒に使い、エタノールをプロピレンに変換する基礎技術の開発に成功しています。工業化のための研究を近く始めるそうです。これがバイオマスコンビナートの中核技術になると見込まれているのでなんとかめどがついて欲しいですね。

石油化学は欧米の特許に押さえられてきたが、「うまく進めれば日本が世界をリードできる日が来る」と岩本副所長は話しています。なんとも頼もしい技術であると同時に、日本の新たな基幹産業になるかもしれない技術。将来実現できることを期待したいですね。
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ノロウイルスに注意 2006年12月11日
ここのところ気温もずいぶんと下がってきて、朝晩布団から出るのがちょっと辛くなってきましたね。この寒い季節になると良くスーパーで見かけるのが牡蠣。わたしも大好きですし、家族皆好きなのでよく鍋に入れたり、牡蠣フライにして食べたりすることはあっても、生でそのままというのは家ではやらないです。万が一当たったら・・・というものちょっと頭にあるのかもしれません。

さて、最近ニュースでもちょくちょくやっているので良く見るのが、ノロウイルス。11月の中ごろには大阪で介護療養型病院での集団感染。12月に入ってからは岐阜の刑務所で240人が集団感染という被害が出ています。というわけで、この冬場にかけて広がりを見せているノロウイルスにはかなり注意が必要そうです。

国立感染症研究所が全国約3000カ所の小児科で実施している定点調査では、11月20〜26日の患者報告数が1地点当たり19.8人となり、81年の調査開始以来最高を記録したそうです。発症のピークは例年、12月中旬から下旬にかけてで、今後さらに増える可能性が高いという。厚生労働省は手洗いの励行など予防措置の徹底を呼びかけている。

感染研によると、感染胃腸炎の患者数が例年より増え始めたのは10月上旬から。西日本を中心に流行が始まり、中部や関東地方にも拡大してきました。10月下旬からは昨年同時期の2倍を超えるペースだといいます。11月26日までの1週間で1地点当たりの患者数が多かった都道府県は、富山(42.4人)・群馬(33.8人)・三重(33.5人)・福井(33.2人)・宮崎(32.7人)など。通常は1〜2日で症状が治まるが、大阪や奈良では高齢者が死亡するケースも出ているといいます。

ノロウイルスはヒトに経口感染をして、伝染性の消化器感染症を起こします。死に至る例はまれですが安心は出来ないようです。治療法は確立されていないという点も注意すべき点です。ノロウイルスによる食中毒は、カキやアサリ、シジミなどの二枚貝によるものが最も多いと言われてます。日本では主として秋から冬場に発症する例が多いですが、これは、カキを生食する機会が冬場が多いからではないかと考えられているようです。

ノロウイルスを含む食品などを摂取した後1〜2日ほど潜伏期間があるようでその後に、急性の胃腸炎の症状が現れることが多いようです。多くの場合、嘔吐、下痢、腹痛が見られ、微熱を伴うこともあります。症状の始まりは突発的に起こることが多く、夜に床についていたら突然腹の底からこみ上げてくるような感触がきて吐き気を催し、吐いてしまうことが多いそうです。しかもそれが一度で終わらず何度も激しい吐き気が起ったり吐いたりして、吐くためにトイレの便器のそばを離れられないといったことも起きます。しかも、無理に横になろうとしても気持ち悪くて横になれない。吐き気が治まった後は、急激且つ激しい悪寒が続き、さらに発熱を伴うこともあります。これらの症状は通常、1、2日で治癒し、後遺症が残らないそうです。

感染経路については、ウイルスを蓄積したカキなどの生食およびウイルスで汚染された食品を喫食して経口感染する食中毒のタイプと、食中毒によって感染した患者の糞便や嘔吐物に排出されたウイルスから経口感染する感染胃腸炎の二つに分けることが出来ます。そのためまずは、十分に手洗いすることが肝心であるようです。

というようなことを考えると、まずはきちんと手洗いをすることを心がけるのが一番のようです。この時期ですとインフルエンザなどもはやってくる時期ですよね。なのでとにかく、外に出て帰ってきたら嗽と手洗い。これだけでも大分効果的なのではと思います。

特に、この時期から塾では受験生にとっても大事な大事な時期風邪の予防もそうですが、食中毒やインフルエンザにも十分気をつけて過ごすようにしてもらいたいものですね。そのためにですし、娘のためにももう少し意識して予防の手洗いと嗽を確りとやらないとなとおもいます。

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