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離乳食始める 2007年2月27日
ここのところ、娘も大分寝返りがうまくなってきました。少し前までは自分で元の仰向けに戻ることも出来なかったのですが、今ではうつ伏せ・仰向けがわりとできるようになりました。それでも大分体力を使うらしく、暫くは出来ていても、疲れてきてはあはあ言っては、うまくいかなくて泣いていることもしばしば。(笑)

娘も日々成長を続けているのを見るに付け、大人はいつから成長することをやめてしまったんだろうなんて素朴に考えてしまいます。そのくらい、赤ちゃんというのは日々の成長に目を見張るものがあります。本と凄いですよね。

さて、もう6ヶ月目にもなってきたので、前々から計画していたとおり、離乳食の準備を少しずつ始めることにしました。先ず手始め似準備したのが、おかゆ・にんじんやほうれん草のペーストそれからだし汁。おかゆは10倍粥にして、にんじん・ほうれん草などは煮た後にハンドミキサーでペーストにしたものをパックに小分けにしました。

最近では便利なもので、離乳食用に小さなパックが売っていて冷凍もレンジもOKというから重宝ですよね。妻が早速それにせっせとつめて、1週間分ほど作っていました。今日のお昼ごろにミルクをあげるちょっと前に
離乳食を食べさせることにしました。

前に勝っておいた涎掛けをセット。しかしこれがすでに珍しいのか手を添えてペロペロしてました。(笑)今日は10倍に薄めたおかゆとにんじんペーストそれからだし汁これらも充分に薄めて用意。大人が食べるのにはかなり薄い味ですが、それぞれスプーンを口に運ぶと美味しそうに食べていました。

ただ、まだなれないこともあって、だし汁はスイスイのむのですが、おかゆとペーストはまだちょっと大変そうでした。量にしたらまだまだ対して食べていないけれど、ゆっくりと量を増やしながら与えられたら名後思います。今日からまた一歩新ことにチャレンジする娘なのでありました。
thame:育児日記 genre:育児
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男性の産休制度理解進まず 2007年2月26日
このニュースを見ると、やっぱりと感じることが一番ですかね。日本の企業社会の風土はまだまだ男性優位の社会であることは分かりますし、事実要人となるとその人が独りいないとプロジェクトが回らなかったり、うまくいかなかったりすることもあるように思います。

しかしそれだからといって、子育てに参画しないのも銅かなあと感じてしまうのも事実です。産経新聞のニュースによると、約8割の企業では、育児休業制度を利用した男性社員が過去3年間で1人もいない。こんな結果が労働政策研究・研修機構が26日公表した「仕事と家庭の両立支援にかかわる調査」から明らかになったようです。

調査は昨年6〜7月、従業員数300人以上の企業6000社と、そこで働く管理職3万人、一般社員6万人を対象に実施。企業863社、管理職3299人、一般社員6529人から回答がありました。それによると、育児休業制度を導入している企業は98・6%に達し、4社に3社は休業期間などについて育児介護休業法に定めるものと同じ内容だった。しかし、2000人以上の企業に限ってみれば、6割近くが法定を超える制度を取り入れており、大企業ほど育休制度が充実していることが分かった。

男性の育休については、8割近い企業が過去3年間に1人も取得者がいないと回答。「1〜2人」が1割だった。男性の部下が育休取得を申請してきた場合の対応では、管理職の21・6%が「積極的に賛成する」と回答。「課題はあるが、賛成する」という消極的な賛成が52・7%と過半数に上った。

一方で、「職場の状況を踏まえて慰留する」が17%、「男性が育休を取るなど考えたことがなく、反対」も5%あった。男性の育休取得に向けた課題を複数回答で管理職に尋ねたところ、「代替要員確保が困難」が63%と最も多く、次いで「男性自身に育休を取る意識がない」「上司・同僚の理解不足」などとなった。

まあそんなもんでしょうという気がしますね。大企業ほど制度が充実しているのも、理解できますが結局は手表向きな対応という気がしてならないです。在宅で妻と一緒に子育てしている時間が一般の会社員と比べてたぶんかなり多い私でさえ、もう少し手伝ったほうがいいかなあという風に感じることがおおいくらい、子育てというのは大変なものだと思います。

かつての日本は、3世代で暮らすことが珍しくなかったから協力しながら出来たのでしょうが、今ではそういう状況のほうが珍しいのかなという気がします。となると、やっぱり男性も育児に参画して一緒に育てていくということをもっと積極的にやったほうがいいのではないかなという気がします。
thame:今日、気になったネタ genre:ニュース
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いろんな話を聞けました。 2007年2月25日
昨日に引き続き今日も東京。早速今日の会場へ向かうために朝早く出ました。今日は昨日と違う場所で、また人数もより多く集まるということもあって、その盛り上がりは会場についてから感じていました。ホテルのリビーをすぎてから会場への案内板があるのですが、それに沿ってあるいていくともう朝もまだ早いのに多くのひとが待っている状態でした。

私も早速列に加わって今日も開場するのを今かとまっていました。私たちのお仕事では時々こういった形で、日本のみならず、一緒に参加している方のを聞く機会があります。これは凄く有意義な時間でもある分けです。自分がいままでどういう形で取り組んできたのか、あるいはこれからどうしたらいいのか。

それぞれの方のアプローチの仕方についても聞けますし、これから向かうべき方向性を示してくれるという点では凄くありがたいなあといつも思ってしまいます。在宅の仕事というのは自分で好きなときに好きなだけ出来るメリットはあります。しかし、やらなくても誰に怒られるわけでもない分けです。

そういったときに必要なのが、自分がどうするのかをきちんと決めていくことなんですよね。そしてそれをチェックしていく。結局は在宅だろうがなんだろうが、仕事に対するプロセスというのはどこでもそう大きくは違わないということなんです。ただそれを自分できちんとできるかどうかということなわけです。

そういったときに、いろんな気づきを自分にもらえたりするのがこういったイベントなのかもしれないなあと思います。特に今回を聞いていて参考になったのはゴールの設定。自分がどうしたいのかを決めないことにあ結局何にも始まらないですよね。

日々の中でついそういった事を見落しがちになってしまっている自分がいるのにはたと気づかされたような気がしました。この事を踏まえてもう一度自分が何を目的にやっているのか、そしてどんなこと目標にやるのかを改めて考えられるようになりました。

この2日間にわたって得た体験は貴重な物となりました。娘にはしばらくあえないし、確かにお金もかかったけれども、それ以上に得るものが多かったような気がします。というわけで、明日から早速自分の目指すべき目標に向かって、また頑張って言いたいなあと帰りの電車に揺られながら思いました。

thame:日記 genre:日記
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東京へ 2007年2月24日
今日はちょっと用事があって東京へ出かけました。用事というのはお仕事のこと。いつもは在宅でパソコンの前で座ってコツコツやっていることが多いのですが、今日それから明日にかけて同じ仕事をしている人同士が集まってのイベントがあるので参加しに出かけました。

新宿に10前にはつきたい事情もあって、朝かなり早く出ることにしました。この時間はまだ娘もおきていないのでベビーベッドのなかでスヤスヤと寝息を立てています。いつもそうなのですが、次の日に出かける用事があったりすると、それを察してか、なかなか娘が寝ないことが良くあるんですよね。昨日の夜も、一旦寝付いたかなと思ったのですが、また起きだしてしまって寝付けるのに大分時間がかかってしまいました。

というわけで眠い目を擦りながら、前日の内に準備をしておいたものをもって、いざ出発。今朝はなかなかに寒く手袋のありがたみを感じて駅へ向かいました。電車に乗り込んで一息ついてから、朝食をいただいて、途中乗換えを繰り返しながら9時半頃ごろに新宿へ到着。

むかし新宿といえばものすごい人でごった返していたイメージがあるのですが、一時の賑わいから比べると大分人の流れが変わったのか、それほど多くはないきがします。駅の改札をくぐって向かったのは、西新宿にあるとあるホテルの会場。もすでに今や遅しと待っている人も多くいました。私もその列に加わりながら待っていました。

暫くしてから開場になり、一緒に仕事をしている人と会うことも出来て久しぶりにいろんな話をしたりしました。普段メールでのやり取りも出来るのでそれほど困らないのですが、やはり対面して状況を確認する問うことの大事さに改めて気づかされた思いがします。

いろんな話を聞くことができて多くのことを聞き逃すまいと一生懸命にメモを取りながら大半を過ごしました。約4時間近く続いたイベントもあっという間で、久しぶりに集中して多くの刺激を受けることが出来ました。その後は、同じ仕事をしている方たちと、居酒屋さんにてオフ会を行いました。

明日もあるので早めに切り上げて、都会の風にふかれながら、今日の寝床へ向かいました。本当なら一旦家に帰りたいのですが、そうすると次の日朝早いのには参加できなくなってしまうので、都心で一泊することにしました。依然住んでいたところは割合都会に近かったこともあって、ちょっと懐かしく感じました。

仕事のこと、家族のことやこれからの自分の生き方なんかについてぼんやり考えながら寝床に着きました。明日も朝早いから今日はこの辺で。
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あるあるの捏造国際的関心事に 2007年2月23日
ここのところ、やはりあるあるの影響なのでしょうか?ダイエット関連の番組だとか、食品の栄養効果などを謳った番組が少し自粛気味になっているようです。今回のあるあるの件にかんしては許されざるものがあります。それは、もちろん消費者もそうですし番組視聴者またそれを作るために携わった人たちもまた被害をこうむったわけです。

特に、人が番組の効果を信じてしまうのは、実験データもさることながら、最前線の研究者コメントというのもかなり信頼をおくための材料になるように思います。今回のニュースはその点に関してかなり問題視しているように思うのです。

毎日新聞によると、22日付の英科学誌ネイチャー」は、関西テレビ制作の番組「発掘!あるある大事典2」の捏造問題を2ページにわたって取り上げた。科学データ、外国人研究者コメント捏造があったことや、関テレが番組を打ち切り、520回すべての検証を行っていることを伝えているそうです。

記事では「犠牲者の1人」として、「みそ汁のダイエット効果」(06年2月放送)の回でコメントをねつ造された米国の大学の研究者が登場。「私が発言していないことを発言したかのように見せかけた。内容の60%は不正確だ」と証言した。また「レタスで快眠」(98年10月放送)の回では、マウスを使った実験結果が改ざんされたとした。背景に、テレビ業界の視聴率至上主義があることを指摘し、日本で放送法改正の動きがあることも報じている。

今回の事をうけて、研究者側はかなりピリピリしたところがあるのでしょうか。自分たちが良かれと思って、善意でデータやコメントを提供しているのにそれが正確に伝えられていないことは、私が同じ立場だったとしたらとても憤りを感じると思います。

テレビは確かに視聴率を優先して作らなくてはならないことは大いにあるとは思います。しかしだからといって何をやっても許されるというわけではないわけです。今回の事がネイチャーなどの国際的な雑誌に載ってしまうということは、日本のマスメディアのモラルに対しての厳しい見方になるという気がします。

それにしても今回の騒動をふくめて世界的にも報道されている状況をみるとなんとも恥ずかしい気がしてなりません。この国は自由であるということを主張しているようですがただ単に、やりたい事をやって責任を取らないわがままに成りつつあるように思います。
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教員のICT指導力チェックリスト? 2007年2月22日
こんなニュースをみてちょっとびっくりしました。毎日新聞のニュースによると、コンピューターやインターネットを授業に生かす力がどのくらいあるのか。教員の「ICTを活用した指導力」を測る基準が公開されたそうです。文部科学省の「教員のICT指導力の基準の具体化・明確化に関する検討会」の第6回が19日、東京都千代田区で開かれ、すべての教員を対象にしたICT活用指導力チェックリスト18項目が決まった。文科省が毎年実施している「教育の情報化に関する実態調査」の指導力の項目として、今年度から利用する。

教員がチェックする時、活用場面をイメージしやすいように、各項目ごとに指導事例をつける予定。事例の選定と、チェックリストのウェブシステム化を進めています。

ウェブシステムは今年度中の完成を目指しているようです。同省は、教員研修の前後にチェックして、指導力がどのくらい向上したか知ることができるほか、教員の実情に合わせて、研修のテーマを絞り込むことができるとして、「チェックリストを『到達目標』ととらえ、自治体や学校単位で実施している教員研修との連携を進めてほしい」としている。

既に検討委員の所属する自治体の一つで、ICT活用に関する研修内容を段階的に行うために、チェックリストの活用を検討している。別の委員からも「(ソフトの使い方などの)スキル研修では実践できない。まず指導主事から啓発すべき」との意見があったようです。

政府は「IT新改革戦略」で、概ねすべての教員がコンピューターを使って指導できることを目指しており、検討会は06年10月から、教員向けの「指導力」の基準作りを進めてきた。今回もそれらの一貫だということなんでしょうね。

これは私の意見なのですが、教育のなかでまずICTありきというのがナンセンスな気がします。これからの時代を生きていくうえでなにかパソコンが皆出来なくてはならないという感じがしますが、それは自らが後々獲得していけばいいように思うんです。

情報教育などをする前に教えていかなくてはならないことはたくさんあるように思うのです。教育の多くの部分がその時代時代に流されるものであってはいけないように思うんです。50年後、今のICT能力が役に立つようにも思えませんし。小学校から英語教育なんていうのもどうかと思うんです。塾で教えていてもまともな国語力がないにもかかわらず英語だなんてって思ってしまいますし。

もっと根本的に取り組まなくてはならないものがあるのにどうして目先のことだけにとらわれてしまっているのか。私には良く分かりません。何かPCスキルを使いこなせる先生がどんどん蔓延ってしまって、アナログでも勝ちある授業をする先生がいなくなるようでは元も子もないような気がするんですけどね。
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寝返りできました! 2007年2月21日
それは突然にやってきましたというのはちょっと大げさですかね。(笑)先日の日記にも書きましたが、ここのところ娘が寝返りをしようとバタバタとしているのですが、なかなか出来ないでいました。毎日一緒に遊んでいるときなどにゴロンと手を添えてあげて遊んでいたりして寝返りをこうするんだよなんていいながら仰向けからうつぶせにしたりしていました。

娘もずっとねっころがっているのが最近では嫌らしく、バタバタしては時々ぐずったり、奇声を発しては主張しているようでした。なのでこのごろは一緒に遊んであげるときも、支えながらお座りしたり、両脇を抱えて高い高いをしながらあそんであげたりしないときがすまないようでした。

昨日まではみんなでもう少しで寝返りできそうなんだけどってはなしていまいた。確かにそのとおりで8割がたできているのですが、どうしても寝返り打つ方向の腕が邪魔でそれ以上いけないでいました。なのであとちょっとだけど、もう少し時間がかかるのかなあなんて思っていました。

今日もおなじように仰向けにして少し遊ばせていたのですが、暫くするとやっぱりぐずりだしました、ちょっと手が離せないので、妻と一緒に声をかけて「ちょっと待ってて」といって少し目を離していたらいつの間にかおとなしくなっていました。あれ?っとおもって娘を見に行くとなんとそこにはうつぶせになっている娘がいるではありませんか。

しかもなんだか楽しそう!きちんと両腕で突っ張って顔も上げてニコニコ。その様子を見れなかったのでちょっと残念でしたが、そんな風に思ったのもつかの間でした。暫くするとなれていない姿勢なのでだんだんと苦しくなってきたようでまたぐずりだしたので仰向けに。そうすると今度は妻と二人見ているところでゆっくりと「ゴロン」と寝返りを決めて見せました。

そんなに珍しいの?なんて顔をしているようでしたが、私たちが喜んでいる様子をみてなのか楽しそうな表情をしていました。さて、寝返りが打てるようになって満足そうなのはいいのですが、まだ自力で戻ることが出来ないんですよね。なので寝返り打てたのはいいのですが、これからはうつぶせになってしまうことも多くなりそうなので注意がいっそう必要なのかもしれません。

それでもこういった成長の過程を夫婦ともに目にするたびに、今のようなライフスタイルを選んで良かったなあなんて思ってしまいます。これからもこんなひと時も楽しみにしながらまた子育てを妻と一緒に頑張って行きたいなあと改めて感じる日でした。

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大定年時代=大起業時代? 2007年2月20日
今後言われている大きな波が団塊の世代の大量退職。今まで多くの日本のブームの火付け役であり、現実的にも多くの意味で日本経済の牽引してきた世代といっても過言ではないのかなと思う世代がいよいよ退職をしていく時代となりました。私からすると自分の両親よりちょっと上の人たちなのであまり身近ではなかったのですが、儀父母がちょうどこの世代。

なのである意味今直面している現実を間接的ではありますが知ることが出来るような気がします。そんな団塊の世代へのメッセージのような特集テレビ東京のニュースでやっていました。退職後は経験と知恵で起業ということで、退職したあとに起業をしたかたの特集をやっていました。

番組では2名の方を取り上げていました。一人は青森の方で警察庁につとめていた方が退職したあとに起業。それも全く畑違いのことでまたびっくりでした。地元青森それから北海道で大量に廃棄されているホタテ貝の殻。これを利用して製品を作ろうというのがビジネスのきっかけだそうです。

そもそもホタテ貝には殺菌効果が確認されているらしく、これを粉末状にすることで医薬品から抗菌の建材まで幅広く商品化しているといいます。その発想力もさることながら、そのバイタリティーには驚かされてしまいました。どうやらホタテ貝4トンで1億円にも化けるというのですから鼻息も荒くなるというものかも知れませんが、60を過ぎてから起業してそのバイタリティには驚かされます。

もう一方は65歳で起業された方で新しい汎用工業用素材であるメラミックスというものを生み出した方でもあります。原料ははんと砂漠の砂と大気中の窒素。これで新しい工業素材を作ってしまうのですからそのアイディアには恐れ入ってしまいます。当面はベアリングボールを作っていく事を視野に入れているそうですが、その単価も鉄よりも安価にできるのだとか。

どちらの例にもその着眼点にはおどろかされますが、今後団塊の世代のなかかから多くの起業家生まれてくる可能性はかなり大きいのではと思います。若い人が起業するというのはこれから先ももちろん変わらないかと思いますが、今までの経験を生かして新しいビジネスを生み出すことが期待されるのではと思います。

もしかすると大定年時代というのは大起業時代に突入するあらたな日本の経済の可能性をもたらすことになるのかもしれません。今回のニュースを見るに付け若い自分たちが負けている場合ではないなあと思いました。

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半鐘盗難相次ぐ 2007年2月19日
私の住んでいる地域で目下話題になっているのが半鐘盗難事件。そう、火災が起こったときに近隣に火事を知らせるためのもので、火の見櫓の上についている鐘のことです。近隣の市町村を含めると20件近くにも上るそうです。私の住んでいる町のしかもすぐ近くで盗難があったそうで、義父の友人がニュースのインタビューを受けたそうです。

全くもってなんでそんなものをと思いましたし、それほど被害が増えているということも全然知らなかったので、話を聞いてびっくりしました。盗まれたものの中には、重さが50キロを超えるものもあるそうなので、犯人は一人ではなく複数犯だろうなあと思われます。

手口もかなり巧妙のようで、簡単にはずせないようにつってある所を溶接してつなぎ目がないようにしているにもかかわらず、それを切断していますし、重量のかなりある半鐘を抱えて降りるわけには行かないので、多分ロープのようなものにくくりつけて吊りおろ下のではと考えられます。

そんな事を家族で話していると、以前ニュースで各地で線が盗まれていたり、板ぶききの屋根が剥ぎ取られたりしている被害もちらほら出ているそうなのです。これはこの辺りに限ったことではなくって全国各地でどうやら同じような被害が出ているのだとか。

背景には、の国際的な価格がかなり高騰しているのが要因のようです。お隣中国の経済発展がかなり関係していて、現在無電化地域を電化したり、電化されているところでも更なる強化のために多くの発電所が建設されているといいます。しかし肝心の電力を供給する送電線の建設というより、電線に用いる自体の供給が追いついていないのだそうです。

それらのことが影響しているのか、の価格も現在ではかなり高騰しているようなのです。一時よりも現在の価格は落ち着いているとはいえ、数年前からすれば数倍の値段にまで跳ね上がってる状態なのです。だから半鐘などの製品が盗まれていいというわけではないのですが。

それにしても、盗難されただってどこかで中国などに運搬されていたり加工されているわけですから、厳しいチェック体制をしいて水際で食い止めるという措置は取れないものなんでしょうかね?それにしても金になるからという理由で盗みを働いているのを考えるとなんだか情けないというか。帰ってくる確率はきわめて低いでしょうけど、返してほしい限りです。
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前々からちょっと気にはなっていたのですが・・・と前置きを言っておきながら、結局映画館へは足を運ばず、文庫本を昨年の今頃一気に読んだきりになっていたのがこの作品。小説自身はそれなりに楽しんだ覚えがあります。実際こういった類のはなしはほとんど無知というのが正直なところで読みながら嘘かホントかはおいておいても、ヘぇ〜と思う部分は結構あったかなと思います。

大筋で行っていることは正しいかどうかわかりませんが、歴史的な事実をみるにつけ、キリスト教自身も含めて多くの宗教が過去の何らかの土着信仰や古代文明に影響されているというのはまあ当然な部分もありますし、政治利用するために使われてきた歴史を思えば今回の内容もまあまるっきりでたらめと言うわけではないのかなととも思います。

まあそんなわけで、私個人は小説としては結構楽しめるつくりになっていたし結構引きもまれる感じで読めたのはよかったのですが、これが映画となるとどうかなあとは思っていたのです。割と映像化しやすい小説かなと思っていたのですが、予告編をみるにつけ『うーん』と思ってしまいそれきりになってしまったんですよね。(笑)

前々から出ているのは知っていたので、近くのレンタルビデオ店でセール中ということもあって妻と一緒に見ることにしました。映画自体は2時間半ほど。まあぜんたいとしてそれほど長くは感じなかったのですが、ざっくりした感想をいうと、拍子抜けした感じがします。

そもそも、小説を読まないでこれ見た場合には多分意味が分からない部分が多いだろうなあと感じたこと、それから読んだ人にとってはなんだよって思う部分が結構あったんじゃないかなと思う部分。全体の私の印象は、小説で描かれている内容のダイジェストを見ている気がしました。

小説で味わったようなそれぞれの登場人物の苦悩であったり思いなんてものをあまり感じなかったし、さらっとしすぎているというか、こんな簡単でいいの?って言う印象をどうしても持ってしまうのです。細かいところが変更されているのはおいておいても、小説のスピード感やハラハラしたりこの後どうなるんだろうっていう感覚はあまりないのがちょっと残念かなと思います。

まあこれは多くの作品にもいえることなのですが、映画2時間前後で小説が何百ページもこえたものを作ること自体が無理があるようにも思うんですよね。今回の場合もそんな物足りなさというか、ダイジェストっぽく感じたのはそんなところが在るのかなという気がします。

もしかすると、キリスト教やそれらに詳しい人がみたりすると感じ方はマタ全然違うのかもしれませんが。その辺りは私にはちょっと分かりません。私個人の感想を言わせてもらえば、映画はおいておいて本だけ読んでもらえば十分かなという気がします。
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ドラマ:『ハゲタカ』 2月17日
ここのところチェックしているドラマが増えていくのがちょっとですが、皆それぞれに見ごたえがあるのでちょっと楽しみな週末です。そんな中またひとつちょっと期待していたドラマが始まりました。枠はNHKの土曜9時。この時間のドラマは割りに見ることが多くなかなか面白いものをやるので期待しているところでもあります。

昨年はこの同じ枠でみていたのが『氷壁』それから『マチベン』なんかは結構よかったかなって思います。今回始まったのは『ハゲタカ』。ここ数年あたりから、普通のニュースなどでも良く流れるようになった企業買収やファンドなんて言葉が聞かれるようになってきましたがまさにそれがテーマ。

企業のあり方あるいは企業とはいったい誰のものなのか。バブル崩壊後今の日本は景気回復を続けているとは言いますが、その裏でファンドによる企業買収などの話をきくにつけ、今の日本の多くの企業がおかれている立場は、過去に経験がないような立場に立たされているように思います。

日本の旧態依然の体質と、世界的に見た企業のあり方のスタンダードなものとはかなりかけ離れています。そんな中登場してくるのが、外資系のファンドマネージャーである主人公の鷲津政彦。その合理主義を武器に買収していく様はまさにハゲタカ

そんなハゲタカに立ち向かいなんとか日本の企業をささえていこうとするのがエリートバンカーの芝野健夫。
かつては同じ銀行で先輩後輩の間柄でありながら、過去に起きた出来事をきっかけに対照的な道を歩む二人。過去の思いを胸に錯綜する人物たちと今を生きつつ問われる問題。

物語は決して明るい方向へ転がることはないけれども、だからこそ今問われているものや過去に日本が経験したバブルとはなんだったのかを真正面から捕らえるようなものとしてはいいドラマかもしれないなあと思っています。過去の過ちを修正しつつあるように見える日本経済ですが本質的には決していい方向には一定内容にも思います。

そういった意味でもドラマではどんな展開を見せていきながら諸問題をあぶりだすのかがちょっと楽しみな物語です。と私個人はかなりたのしみなのですが、世間的には決して視聴率を取るタイプのものではないんだろうなあなどと思ってしまいます。(笑)でも個人的にはかなり期待していますよ。
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あと43年で金属資源が・・・ 2007年2月16日
いつまでもあると思うな親と金なんて言葉は昔から聞きますし、形あるものはいずれなくなってしまうもの。
そんなことは分かっているようで現実感がないのが身の回りにあふれている極当たり前な物質を構成する金属たち。小学校からの教育のせいかいずれ原油はなくなると言われながらもいまだなくなる気配はあまりなのですが、それでもいずれはなくなるであろう事は皆が思っていること。

それと同じように、例えば鉄であったり銅であったり資源として掘り出しているわけですからいずれなくなるんだろうなあということは分からないわけではないのですがいざこういう試算が出てくるとちょっと驚いてしまいますよね。

毎日新聞のニュースによると、BRICs諸国と呼ばれる中国やインドなどの経済成長が現在のまま続くと、銅、鉛、亜鉛、金、銀など多くの金属資源が2050年までに枯渇するとの予測を物質・材料研究機構がまとめたそうです。鉄や白金は比較的豊富で100年以上採掘可能とする試算も過去にあったが、今回は50年までに累積使用量が可採埋蔵量に達すると試算された。同機構は「このままでは地球規模での経済発展を賄えない」と警告している。

同機構によると、過去約50年間に日本が使用した21種類の金属の使用量と経済成長率との相関を調べた。これを、先進国と中国、インド、ロシア、ブラジルのBRICsの経済成長予測に当てはめ、各金属ごとに50年までの累積使用量を試算。銅、鉛、亜鉛、金、銀、すず、ニッケルなど12種類の累積使用量は現時点の可採埋蔵量を上回り、インジウムは72倍、銀は10倍、鉛、金は約6倍となった。

比較的豊富といわれている鉄や白金も、50年までには可採埋蔵量に匹敵する使用量に達することも分かった。こうなると問題なのはなくなりそうな資源を求めての争奪戦が起こりそうな予感がしてくるわけです。過去人類が引き起こした争いの多くが結局のところ資源獲得の争いの歴史でもあります。

となると、原油も含めて多くの資源を失うとなるとこの先どうなるのか・・・ちょっと恐ろしい気がします。人類がここ数年で迎える危機は果たしていくつあるんでしょうか。そんなことを気に知るともしかしたらきりがないのかもしれませんが、何か新たな打開策を見つけないと何もかもが今までのように行かない気がしてきます。再生可能な社会作りをもっと真剣に考えるべき時期に来ているのかもしれません。
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日本の子は孤独? 2007年2月15日
最近というよりここ数年で感じることは、外で元気良く遊んでいる子供をあまり見なくなったということ。以前は、もう少し都心のほうに住んでいたので遊ぶ場所が減ったからかなとおもっていたのですがどうやらそうでもないようです。ここ一年ちょっとは、割と田舎なところですんでいるのですが、散歩していてもあまり外で遊んでいる小学生に出くわすことはないです。家の中で遊んでいるのかそれとも塾や習い事をしているのかは定かではありませんがちょっとさみしいですね。

以前TVで【孤食】について取り上げたのをNHKで見た気がします。親のライフスタイルや仕事の為あるいは、子供の塾や習い事の為に家族がそろってご飯を食べなくなっている家庭が増えているといいます。番組で取り上げていたので衝撃的だったのは、それぞれの家庭でのご飯の様子を絵にしてもらったのを見たとき。ほとんどが一人で食べている場面が描かれていてテーブルの上には自分の好きなものしかないという偏った形のものが多かったように思います。

今の日本は昔のようには行かないものなんでしょうか?そんな事をこの記事を見たときにちょっと思い出しました。日経新聞の記事によると、日本の子供は「先進国の中で最も孤独」―。国連児童基金(ユニセフ)が14日発表した先進国に住む子供たちの「幸福度」に関する調査報告書で、こんな実態が浮き彫りになったそうです。

報告書は経済協力開発機構加盟国のうち25カ国について各種指標を比較。子供の意識に関する項目の中で「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合は29.8%で、2位のアイスランド(10.3%)以下、フランス(6.4%)や英国(5.4%)などに比べ飛び抜けて高かった。「自分が気まずく感じる」との回答も、日本が18.1%とトップだった。

また、子供の物質的な教育環境面でも、日本先進国中で平均以下との結果が出た。学習用の机やコンピューター、インターネット接続など教育環境の充実度を示す8品目のうち、6品目未満しか持たない15歳が日本では53.3%に上り、ギリシャに次いで高かったそうです。

物質的に豊かにはなったけれども・・・日本がこの数十年間で忘れてきたものはもしかすると想像以上のものなのかもしれません。国家にとっての財産はもしかすると子供たちの笑顔なのかもしれませんね。
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県立入試まで3週間 2007年2月14日
今日はバレンタインデー。巷ではわりと浮れた雰囲気が漂う日でもあります。私個人は別にそういうのが嫌いなわけではないのですが、あんまり好きになれない習慣でもあります。まあそんな日ではあるの今日ですが、受験生にとってはバレンタインどころではないと行った様子なのがほんとうのところなのですが、どうでしょうかね。塾もいつもよりちょっと浮れ気味のようです。

さて、そんな今日は県立の入試まで3週間。そろそろ体調管理をしてもらって、いままでやってきたことをまとめにかかるじきかなとこじんてきにはおもうのですが、ここに来て焦りだしている生徒さんも結構多くて、『だから前もっていっているのに・・・』なんておもいもしないわけではないです。

来週中には高校への願書を出しに良くかんじなので、そろそろ現実的な志望校を大方の生徒さんが決めているとは思います。中にはまだまよっていたりする生徒さんもいたりで、それはそれで大変というか・・・。もうちょっときちんと前もって考えていけばそういうことにはならないだろうにと去年も思ったのですが、こればかりは毎年のことのようです。

今週の金曜日には推薦の入試の結果も出るということで、何かとあわただしい感じになってきました。そんなわけで、今日は塾の講師の方達で今後の対策などについて授業終了後話し合いをしました。問題はラストスパートの対策、それから推薦の結果如何によっての今後の対応について。

特に中堅の高校へ推薦を出した生徒さんに関してですが、倍率が2倍ほどなのでどうしてももれてしまう子もいるのではということが懸念材料として上がりました。万が一推薦に漏れた生徒さんなんですが、昨年もそうだったのですがどうしてもモチベーションが上手く切り替えられなくて集中できないということが結構起きるんですよね。

なのでケアの問題も含めていろいろと議論しました。そのほかにも、どうも倍率などをみてもう受かった気分になっている生徒さんもちらほら出始めているので、そういった対応をどうするのかも話し合いました。この時期は、塾もいちばん頭を痛める時期でもあります。また1・2年生は学年末の対策も行う時期でもあるのでてんやわんやな感じです。

『塾』という性格上やはり合格して志望するところへいってもらうのが至上命題なわけですが、どうも○○がやりたいからとか、○○があるからこの高校へ行くというのがあまり見られないのが残念です。自分がうけて受かりそうなレベルの高校あるいは友人がいくからそこへ行くなんていうことが先行しがちな気がします。

将来なにを目指すのかまで考えて欲しいとはいいませんが、もう15歳です。それなりの自立心と向上心をもっておおくのことを考えてほしいなあと思ってしまいます。といってもいまの状況では落ち着かないと難しいでしょうが・・・。とにもかくにもあと少し、悔いの残らないように頑張って欲しいものです。

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漁船沈没:普段の備えが一命を 2007年2月13日
このニュースをはじめて聞いたときには、早く救助をされるといいのにと思ってから日数が経過するごとに厳しい状況かなとおもっていましたが、無事救助と聞いたときには良かったという一言とよく助かったなあという思いがありました。

それにしても、ニュースなどで救助された様子や、インタビューなどをみていると奇跡の生還というより、冷静な判断にともなう結果という気がしてきます。危機的な状況にもかかわらずその対応は本当に素晴らしいと思います。

事故がおきたのは、9日午前10時ごろ鹿児島県種子島近海でした。消息を絶ってしまったのは宮崎県日向市漁協所属のマグロはえ縄漁船「幸吉丸」是沢幸広船長9.1トンの乗組員ら3人。その後11日の午前6時40分に転覆した船を発見。そして翌12日午前10時20分ごろ、都井岬の東南東約185キロの海上で救命ボートに乗っているのを、第10管区海上保安本部のヘリコプターが発見しました。同午後0時35分に約74時間ぶりに巡視船に救助された。

漂流中は、救命ボートにあった乾パン6個を分け合い少量の水で飢えをしのいでいたそうです。何よりも驚かされるのはその救命ボート。本来この幸吉丸クラスの船には積まなくてもいいそうなのですが、船長の是沢さんが同業者が海難事故に遭うのをみて万が一のために準備していたといいます。

またそれだけではなく、きちんと講習にも参加して、きちんと使い方を熟知していたという点が今回の救助の第一歩だったように思います。その訓練のためもあって、救命ボートに乗り移ったのは、衝突が2〜3分ほどだったといいます。救命ボートには1日目の夜にボートの底に10円玉大の穴が2カ所開いて浸水してしまいましたが、海水をかき出していたといいます。

ねるひまもなかっようですが、この掻きだす作業を怠らなかったため、衣服などはぬれずに済んだのも良かったようです。このときの気温は鹿児島沖とはいえ気温は15度に満たなかったといいます。また海上は風速10メートル以上の風が吹いていたといいますから、体感気温は5度もなかったのではと思います。

その過酷な状況においても、冷静さを失わずに行動していたことは素晴らしいの一言です。まさに船長としてのリーダーシップがあったのだと思います。危機に対しての管理能力や行動力というのは大事な能力の一つだと思います。ここのところの会社の不祥事などを見るにつけ、それ相応の危機管理能力があれば、きちんと回避できたことを考えると、今回の是沢船長の対応を見習って欲しいように思います。

それにしても、衝突して当てにてしてしまった大型船舶は一体どう言うことなんでしょう。海難事故は人名に直結する危険なものであることは分かるだろうに・・・。厳しい対応をもって臨んでもらいたいと思います。
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携帯電話の料金プラン 2007年2月12日
今日の朝はのんびりになってしまいました。いつもなら娘がぐずったりして起きるのですが、今日はいつもに比べて朝早く起きてしまって(朝の6時・・・)一度起きてミルクをあげてもまだ6時代だったのでもう日と眠りなんていっていたら、気が付けばもう12時近いではありませんか・・・。ちょっとショックです。

それと同時にここのところ花粉のせいなのか、それとも春眠のせいなのかやたら眠くて仕方ないです。まあそんな時もあるよねと言い聞かせて、遅くなってしまいましたが、軽めの朝食をとって、それから娘にミルクをあげたりしながら、お散歩へいくことにしました。

先日おそば屋さんへ行くつもりがいけなかったのもあるし、携帯電話のプラン変更を前からやろうやろうと思っていたのですが、なかなかいくきかいがなくて後回しになっていたのでそれらをしに出かけました。今日はまさに春の暖かさ。のんびり歩いていると、所々の木々ではもう若葉がめぶいているのもあったり、途中梅の花を見ることも出来ました。今年は例年になく、春の訪れが早いなあなどといっているあいだに、3人でおそば屋さんに。

天ざるを持ってきていただいて食べている間、お店のおばさんに娘はちょっと遊んでもらったりしていただいたので、楽しく頂くことが出来ました。やさしい味のおそばを頂いた後は早速携帯電話のお店へ。行動沿いの一角にあるそのお店までは歩いて大体20分くらい。のんびり散歩には丁度良いかなという距離です。途中トイレ休憩に酔ったりしたので予定よりもおあおくなってしまいました。

店内は休日ということもあって結構な人数で少し待たされることに。店内は大分暖かいこともあって、娘がちょっと暑くてぐずってしまったけれど、チョッキを脱がしたりしてなんとかクールダウン。30分ほど待ったあとで呼ばれてカウンターに。私も妻もいまやソフトバンクなのですが、昔から使っていて料金プランもそのままだし、私に至っては、作ったのが北陸だったこともあり、ナンバーポータビリティになってからやっと一緒に出来ると思っていたのですが、なかなか来る機会がなくって今日になってしまったわけです。

いろいろと料金プランについて詳しく聞いてまずは、念願の家族割に。そのあと普段の携帯利用頻度を考えて二人でそれぞれプランを変更しました。いままでの料金と比べると月額にして1000円以上も易くなってしまうことを考えるとなんだかもったいなかったんだなあという気がします。早くくればよかったです。

と思うのと同時に、前にネット上でいろいろと見てもいたのですが、この携帯電話の料金設定というのはなかなか難しいんですよね。自分達で硬軟じゃないかと思ってもお店の方に詳しく聞くといろいろ例外があったり、するし、細かい条件まではなかなか目が届きにくいというのも分かりました。以前はau煮使用かなと尾も思っていたのですが、元来のめんどくさがりの私達でもあるし、実際それほど料金も変わらないことを考えて今のままで行くに至ったわけです。

実は私はJ-phoneじだいからのユーザーなわけで、そのときのままのプランでずっと使っていたんですよね。しかも北陸だけのプランで。(笑)もうちょっと気を使ってもいいかなと今回の料金プランを選ぶときに思いました。それから携帯。これもいまだ当時のままなのですが、なにせ電話するばかりでメールもそれほど頻繁には使わないし携帯で音楽なんてとおもっているしで、それほど興味がないんですよね。世の中の携帯電話のリリースの早さには正直全くついていけないというか、そこまでしなくてもいいんじゃないかななんて思ってしまいますからね。

というわけでめでたく家族割にも出来て、料金プランも変更できて帰り道はまたのんびりお散歩。家路についたのは大分遅くなってしまいましたが、娘もあっちきょろきょろで今日も楽しそうでした。明日からまた平常どおりの毎日また頑張っていきましょう。
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そろそろ花粉が・・・ 2007年2月11日
この季節になると、思い出すのが受験や論文だったりととかく学生の頃の思い出がおおいのですが、それよりもなによりも、切実な問題としていつも抱えているのが花粉症。かれこれ花粉症になってから17年になってしまいます。初めてなったのが中学校の頃。

当時はそれほど酷くはなくって鼻がグスグスするぐらいでした。当時花粉症なんて認識がなかったので耳鼻科にいっても下されたのはアレルギー性鼻炎だったのを覚えています。まあ花粉も確かにアレルギー反応なので間違いではないのですが。高校に入ってから自分が花粉症だと認識してからでしょうか。年々症状は酷くなっていったようにもおもいます。

ここ数年は症状もほぼ変わらずで、目も鼻もこの時期はやられてしまいますし、なによりだるくなってしまうのも問題。去年はそれほどでもなかったのですが、一昨年のことをおもうと花粉も恐怖です。妻も私も当時のことを思うと身震いしてしまいます。当時とんでもない量の花粉が飛散していたのを今でも覚えていて、家中締め切ってもどこからか進入しては大変な思いをしていました。

外出するのも恐れていてぐらいですからかなりの重症でした。昨年は飛散量かなりへったし、茨城に越してきたことも影響しているのかも知れず、それほど大変な思いをしないで済みました。やっぱり周囲に土があるというのは大事なのかもしれませんね。

そして今年。去年よりもすくないようなことをいっていますがどうなんだろうと思っています。一昨日、鼻がムズムズして、くしゃみもでていよいよかなあと思っていたのですが、昨日はそれほどでもなくまた本格的な状況ではないようです。とはいえ油断は出来ません。一応点鼻薬をすでに用意。それから目薬も購入するよていですし、マスクはもう買ってあるので、本格的にとびはじめたらこれらを利用することになりそうです。

それにしても、この時期は段々と暖かくなって、梅がさいたり、桜が咲いたりと楽しい季節なんでしょうけどねえ・・・。花粉症の症状さえなければきっと張るも好きな季節だろうに・・・。ことしもそろそろ頭の痛い季節がやってくるのをまた不安をかんじながら過ごすことになりそうです。おなじ花粉症で苦しむ皆さんもお気をつけ下さいね。
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映画:『博士に愛した数式』 2007年2月10日
今日は久々に映画を見ようということで、前日から借りてあった映画を妻と二人で見ることにしました。私が仮にいけなかったので、妻は気をきかせてくれて、見たかった映画をわざわざ借りてきてくれました。前々から見たいなあと思っていたのですが、借りられていたりで見ることが出来なかった『博士の愛した数式』をきょうはゆったりとしたじかんでみることができました。

【あらすじ】:母が家政婦紹介所から派遣されたところは、80分しか記憶が持たない元数学者「博士」の家でした。数学の教師となった青年があるクラスの授業で自分がルートと言われる要になった所以から思い出を語っていく。数学をこよなく愛している博士に母は、少なからず困惑する。ある日、10歳になる私がいることを知った博士は、幼い子供が独りぼっちにさせていることに対していたたまれなくなり、次の日からは私を連れてくるようにと言う。次の日やってきた私を博士は「ルート」と呼び、その日から3人の日々は温かさに満ちたものに変わってゆく…。

登場している博士(寺尾聰)は確かに偏屈ではあるし、80分しか記憶が続かないことで、苦悩をする場面も多々ありますが、そのときそのときを素直な気持ちで生きている姿には美しさを感じてしまいます。それを家政婦として支える母(深津絵里)そして10歳のルート(齋藤隆成→吉岡秀隆)との間で流れていく時間は、暖かくそしてゆっくりとしたなかでひと時ひと時がきらめいているようです。

とかく数学の話がでてきていていますが、そんな博士と、それを陰で支えている博士の義姉(浅丘ルリ子)との関係についてもふれられていて、たんに暖かく・楽しいだけのお話ではない。作品自体は静かに流れていますが、その裏側に流れるものは、奥深く描かれていることで最後まで充分に楽しめたかなという気がします。

劇中で出てくる、素数・完全数友愛数、それからオイラーの公式なんていうものを通じて数に秘められた不思議ととも美しい言葉たちにはなんとも親しみを感じてしまいます。博士が数字に対していとおしく語ることは、とても尊く慈しみに満ちているような気がします。こんなことをちょっとでも伝えてくれる先生がいたならば・・・もっと数学をみる目が変わったのではないかななんて思ってしまいます。

見終わった後の余韻は心地よく、見たいなあと思っていた初めの頃からすると、期待をいい意味で裏切ってくれる作品でとても満足でした。こういうタイプの映画がもったあったらなあなんて思うのはちょっと贅沢かもしれないけど、また期待したいですね。

時は流れず・・・そしてルートのようにそんな風に生きてい行くことができたらなんと幸せなんでしょう。

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ジャーナリスト宣言。って 2007年2月9日
このニュースについての問題を気づいたのがちょっと遅かったのですが、そういえば最近例のCMをやらないなあなんて思っていたのにはこんな理由があったんですね。毎日新聞のニュースによると、元写真記者による記事盗用問題を受け、朝日新聞社は、昨年1月からテレビCMや駅広告などで展開してきた「ジャーナリスト宣言。」と題した広告キャンペーンを自粛したようです。同社によると、社員の不祥事による広告自粛は初めてだという。

このキャンペーンは、05年に取材内容の漏えいなど社員の不祥事が相次いだことから、「ジャーナリズムの原点に立ち、真実を追求する姿勢をなおいっそう強めていく」(広報部)としてスタート。テレビやラジオのほか、駅のホームなどで広告活動を展開していたといいます。【毎日新聞より引用】

そもそもジャーナリストとは、新聞、雑誌など、メディアに記事や素材を提供する人。または職業。という意味から考えれば、新聞社がジャーナリスト宣言というのもなんだか変ですよね。自分たちの職業を宣言してなんなんだって思ってしまいます。

報道機関に携わっているとしては、ニュース・出来事・事件・事故などを取材し事実を確認して、記事・番組・本を作成して広く公表・伝達する行為でありわけですから今回の件に関してはあきれて物もいえないというほかないといわざるを得ないんだと思います。

ここのところ、企業やTV番組の捏造や偽装があいついでいるなかで、それを報道する側でもこんな不祥事をおこしているとはなんだかやりきれなくなってしまいます。最近公立学校の教師が問題視されていることが良くありますが、中にはきちんと一生懸命やられている方だって大勢いるわけですよね。だけどメディアを通して不祥事がかたられると、さも皆がだめな言い方になってしまっている面があります。

報道】をおこなうということはきわめて重大な責任をおっているということを自粛ていどですまそうなどとはとおもってしまいます。他者の不祥事にはやれつつきだすのに自らの過ちに対してはなんだか甘い気がします。大人になってからというとへんですが、ここのところ感じることですが、この国は、ある意味責任の所在を明確にしないままなんだかいい加減に取り扱ってしまうことが非常に多いように思います。

そういった体質を一掃することがもしかしたら日本をきちんとした独立国としてたちなおるためにはひつようなのかななんてふと思ったりもします。
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コマネチ大学数学科:『断面』 2007年2月8日
毎週木曜日の深夜のお楽しみといえば、やっぱりコマネチ大学数学科。個人的には、もう少し早い時間にやってもらえたらなあなんて思っているのですが、まあこの手の番組はあまりはやらないんだろうなあ何てことも思っていますし。でも、こういうバラエティーだけど、教養のある番組がもっとあったらって思ってしまいます。

さて、今日のテーマは『断面』。立方体などの空間図形を平面できったときに現れる切り口。言い方が難しいけど、要はものを切ったときに現れる切り口ですよね。例えば立方体などはその切り方によって、いろんな図形が現れたりします。三角形だったり、四角形だったり。今回の場合はそれが六角形になるように切断してみようという問題の発展です。


問題】小さい立方体9261個を使ってひとつの大きな立方体を作り、断面が正六角形になるように切断します。このとき、小さい立方体は何個切断されるでしょうか。

この問題はまず立方体の一辺にいくつ小さな立方体が並んでいるのかが分からなくてはならないのでそれを計算。9261を素因数分解して考えると21の立方根ということがわかるので、一辺は21。個々まではかんたんにでるのですが、そこからがこんがらがってしまいます。

私もうーんと思っていろいろ計算しようかと思ったのですが、先ずは図を描いて挑戦。いい線までかんがえていたのですが、タイムオーバーになってしまいました。いきなりはちょっとできないので、まずは小さな数から考えて法則性を見つけて・・・というふうにやるとうまく出来たかもしれません。

答えは991。辺の数が1のときに現れる図形は六角形がひとつだけ。次に2個のときを考えると現れるのは正三角形が6個。この場合辺の数が奇数なのがわかっているので偶数の場合は考えないでよさそうということが分かります。というわけ次に辺の数3のときはと考えようと思ったのですが頭の中がこんがらがってきてしまいました。(爆)

番組中のヒントによると、辺の数が3のときに六角形が6。三角形が12増えます。となるような断面をかんがえると辺の数が5の時にはその外側に同様の図形を継ぎ足していく事を考えていくと、6角形は12、三角形は24増えていくことが分かるわけです。というわけで六角形は6n・三角形が12nずつふえていくわけなのでこれが21までの分をかんがえていくと、各々の数が求められていくわけです。

流石に短時間ではちょっと無理でしたが、もう少しあれば私も出来たかな?と思わせる問題でした。それにしてもやっぱり頭の中で法則性を見つけるというのはなかなか大変です。でもたまにはいいですよねこんなのも。来週もまた楽しみです。

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入試で思うこと。 2007年2月7日
ここのところ、での話題には事欠かないくらいなのですが、最近感じるのは、私立に受かった生徒の対応について。まあ基本的には、として本人の希望するところには合格したのである意味よいのでしょうが、私個人としては、それでいいのかなあという葛藤を抱いてしまうこともしばしばです。

今日教えていた生徒さんもその一人で、1月の中旬に推薦入試で私立の高校に合格しました。とはいえ、へ来るのをすぐにやめるわけではないので、いままでの復習であったり、高校から出されている課題についてわからない事をアドヴァイスしたりということをしようとまあ思っていたわけなのですが、やはり合格したということからもうすでにいいんだって言う気持ちがつよいようでほとんど来ても身にならないようなのです。

他の先生や、室長とも前に話したこともあって、親御さんをふくめて一応今後のことも話をしたはずなのですが、どうもダメなんですよね。これは、受験そのものにもいえるのかもしれませんが、とかく入試をバスしたらそれでOK。という考えが根強く感じます。

学校で習うことそれから、これから習うであろうことにたいしてどう思っているのか?って真剣に聞きたくなってしまいます。高校へ進学することに対してどんな風に考えているのか明確にならないままに、ただ周りから言われたり、なるべく安全圏でうまく合格できるところを選んで合格してしまったというのが事実のような気がしてなりません。

高校は義務教育ではない。だから、本来高校のあり方というのももっと厳格にして高校という場所をもっと意義ある場所にしなくてはならないんじゃないかなという思いもあるんです。最近の高校などをみていると、だだ○○大学へ何人行ったとか、○○大学の推薦枠が多いとかでたんなる大学の予備校化している現状があります。果たしてそんなことでいいんだろうか?って思ってしまいます。

何のために高校へ行くのか、生徒がきちんと考えることも大事ですが、受け入れる高校ももっと自らの存在意義を明確にした入試というのをやったらどうなのかな?って気がしてなりません。ただ単に教科学習がすぐれているから、頭がいいという風潮がどうしても払拭できないてんで、今の教育制度のあり方なども限界が在るのかなって感じてしまいます。

教員制度が云々言われていますが、それ以前にやらなくてはならないことがもっとたくさんあるのにと感じてしまうのは私だけなんでしょうかね。ふとそんなことを感じてしまいました。

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ネット社会の拡大。 2007年2月6日
塾でお手伝いを始めて一年と4ヶ月ほどが経過しました。今の時期だと、受験生が県立の入試まで30日となってきたこともあって、いよいよ追い込みという感じの雰囲気がただよっています。今の時期は何かと微妙で、
私立単願で合格した子などは、高校へ向けた準備をしていたり、もうあと3日で推薦で県立を受ける子がいたり、で県立一般の子にとってはちょっと神経質になりがちです。

最終的には自分との戦いなので気持ちをきちんと整理して頑張ってほしいなと思いますが、そんな中気になってしまうのが、中学1・2年生。まだまだ受験とは程遠いという感じだし、今ひとつ塾へきている本質を分かっているのかいないのかでどうしても気持ちが緩みがち。

そんな生徒たちのなかで今どうもはやっているのが、携帯でSNSをやっていることだそうで、塾の授業が終わったら、友人たちとそんな話で盛り上がっているのをしばしば目にします。私たちが子供の頃からするとまったくもって違う世界に生きているような気がしてしまいます。

最近読んだ新聞の記事に、小学生インターネット利用の記事が載っていたのを思い出しました。それによると、インターネットをする小学生のうち、親が近くにいるときに行うと答えたのはわずかに4%。それ以外は、両親がいないときにあるいは、そばにいない状態で行っているという結果だったそうです。

実際にインターネットを利用している子供たちの割合がどの程度なのかは察することは出来ないですが、私が塾で見ている限り小学生でも1割〜2割はインターネットをやっているような感じですし、中学生についてはそれ以上かなという気もします。とくに気になるのが携帯電話。中学生の所持率にいたっては9割近くになるんじゃないのかなという感じです。

別に携帯をもつことが悪いというわけではないですが、自分を律してきちんと対処できているのかどうかと考えるとちょっと疑問が残ります。最近の中学生はとかく『時間がない』とか『疲れた』なんて口にしています。どちらも正直なに言ってるんだっておもってしまいますが、裏を返せば、それだけ多くの情報の海に生きていることなのかもしれません。

ネットの拡大をもたらす恩恵の先にあるのは、ビジネスの効率化であったり、便利さのついきゅうであったrしますが、はたして子供たちにとってはどうなんでしょうか?これは私の個人的な考えですが、色々あるでしょうがやっぱり子供に携帯を持たせるのはどうなのかなと感じてしまいます。リアルな人とのコミュニケーションのあり方をきちんと理解する前にネット社会では・・・なんて思うのはもはや時代遅れなんでしょうか?
それとも・・・。良くは分かりません。

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大企業1/3で残業月100時間・・・ 2007年2月5日
この記事を見て思った感想はやっぱり。というのが正直な反応でした。どうしてこうも過酷な労働をしなくてはいけないのでしょうか。と問いたくなります。本人がやりがいを持ってやっていたとしても、過酷な労働を行った付けは必ずやってきてしまいます。この事をもっと真剣に考える必要があるのではと思ってしまうのですが・・・。

毎日新聞のニュースによると、大企業の3社に1社は月100時間以上の残業をする人がいるようです。これは中央労働委員会が実施した06年賃金事情等総合調査の速報で、こんな実態が明らかになった模様。残業という概念をなくす日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度が議論となっているが、長時間残業の常態化が浮かび上がった。

正直言って、ホワイトカラー・エグゼンプション制度は日本の現状に照らし合わせて考えるものではないと思います。労働環境そのものあり方が、海外とは明らかに違うのにと思ってしまいます。日本はとかく、海外の制度だけを真似て施行しようとする悪い癖があります。日本の現状や培ってきた文化を加味した形にどうしてできないんだろうと思ってしまいます。

今回の調査は、中労委が行う労使関係調整の資料とするため実施。賃金については毎年、労働時間などについては1年おきに調査しているが、具体的に「100時間以上」の実態を聞いたのは初めてだということです。
対象は資本金5億円以上、従業員1000人以上の企業373社で、247社から回答を得ました。それによると、06年6月の時点で、残業時間が月100時間を超える労働者が「いる」と答えた企業は33・2%に上った。 残業を含まない労働時間は年間1881時間54分で、前回調査とほぼ同じだった。

定期昇給とベアなど賃金改定額は6275円で前年比280円増。毎月の平均賃金は37万7300円で同1500円減となった。一方、残業代は6万9500円で同6300円増となっており、残業時間が延びていることをうかがわせた。残業というのは、どうしても起こってしまう場合というのはあるにしても、本来の業務で常態化してしまうのは、人員の配置が良くない結果としか思えません。

コスト重視を優先するあまりに、残業を行うことでカバーすることがもはや当たり前の状態になっています。新人の社員であったり、まだ不慣れな人が残業してしまうのはそれはある意味仕方ない面もあるかと思いますが、仕事の出来る人に限って残業させられていたり、皆残業しているからなんてこもあるのでは。

残業時間については、月80時間を超えると過労死の危険性が指摘される。過労死での労災は発症する直前の月の残業が100時間などが認定の基準となっている。また、過労によるうつ病発症の認定基準は月80時間を超える残業が続いていたことなどが判断材料とされている。【

私個人も今の仕事をする前は会社でSEとして働いていました。なので、とんでもない残業をする人を回りで見ていましたから残業するということ、あるいは会社のあり方そのものに対して疑問を感じてしまう面が多かったです。結局あれから何年か経ちますが、なんら改善されていないんだなあという気がします。

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雛人形。 2007年2月4日
何時だそうかと、妻と話していて時期的に見てもそろそろ出さないと出す暇がなさそうということで、今日出すことにしました。私自身男兄弟ですし、女友達はいるけれど、そんな行事に参加したこともなければ、マジかで見た記憶もないなあなんて改めて